自分のことを話してくれた!

初対面の日、すぐに誘ってくれたんだったか、

それとも、そのあとでメールで言ってきたんだったか。

私の住む街の隣町に買い物に行く用事があるから、

つき合ってくれませんかって、夫の方から言った。


夫は「制服を決めている」んだそうで、

同じカジュアルブランドの同じカットソーとパンツを

何枚もそろえて持っていて、色も全部同じで。

そろそろ古くなった何枚かを新しく入れ替えたいんだって。


私の近くまで行くから、買い物がてらドライブデートでもということらしい。

はっきりとそう言わなかったけど、そういうことだ。


飛び上がるくらいうれしかった。

その日程は、初対面から約2週間後。

二つ返事で、ぜひぜひと私は買い物にお付き合いした。


意外にも、夫が決めてるのはアメリカのブランドで、

海外ドラマで一度だけ聞いたことのある名前。

しかも、ドラマの中では

「○○(ブランド)ばっかり着てるダサいヤツ」的な扱いだった。

初期のころのユニクロみたいなイメージ??


でも、私は興味津々でいっしょにお店を見て回り、

海外のブランド着てるんだ〜って、単純にちょっとカッコよく思えた。

なによりも、そのこだわり? 制服を決める? そういうのが面白いなと。


それから延々とショッピングモール内のテナントをあれこれ話しながら見て歩き、

私はなぜかタイツを買い、疲れたらコーヒーチェーン店でお茶をして、

帰りは、彼とは逆方向なのに車で送ってくれるってなった。


車の中で、私はいつものように前の車のナンバーを見ては、いちいち

ゾロ目だとか、51はイチローのファンかもとか、あれは誕生日に違いないとか、

55は松井だ、11はダルビッシュだ、2525はニコニコだ、と、

バカみたいにはしゃいでいた。


そしたら、ボソッと夫が「筒井康隆の小説でね——」と言ったんだった。


「文房具ばかりが乗ってる船があって」

「積み荷で?」

「いや、乗組員が文房具。擬人化というか」

私はワクワクした。続きが聞きたい。

「ナンバリングも乗ってるんだけど、それがいちいち行動をカウントして、

キリ番とかゾロ目とか、そういう特別な数字になると密かに喜ぶみたいなところがあって——」

つまり、今、数字の並びを見ていちいちコメントしてる私みたいなものか。

「——それを思い出した。その小説が好きだったので」


静かな声でボソボソと教えてくれた。

私は、「自分から、自分のことを話してくれた!!」って、

そんなことがすごくうれしかった。

買い物に誘ってくれて、好きな小説の話をしてくれて、

気持ちは最高に盛り上がっていた。


でも、私の家が近づくにつれて、またしばらく会えないのかって、

泣きたいくらい悲しくなった。

私はすっかり、夫が大好きになっていたのだ。


ちょうど球場のそばを通った時に、今年の野球の開幕戦に行きたいって夫が言った。

だから、もちろん私はすかさず「いっしょに行っていいですか」って言ったんだ。

答えは「別に、いいですよ」。


最初のころは、いや結婚するってなるまでずっと、

会うたびに、この先があるのか、どうやって次へつないでいくか、

それが不安で、確信が持てなくて、大問題で、ヤキモキ、悶々しどおしだった。


だから、この時の一カ月半くらい先の約束は、命綱くらい貴重なもの。

また会える。とにかく、次につながった。

うれしいのと、安堵と、どうかこのまま……という祈るような気持ちだった。


***


結婚してからだったか、夫に訊いたことがある。

「ワーグナーの話して、アマオケだと本当にズレちゃうって言ったの、覚えてる?」

「え? 覚えてないな。まあ、下手だと実際にズレちゃったりするけど」

「じゃあ、筒井康隆のナンバリングの話、してくれたのは?」

それは覚えてるらしかった。


そして、いま訊いたら、「虚構船団」っていうタイトルだったんだって、その本は。

読んでみようかなと思ったけど、本はどっか行っちゃったらしい。残念。

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