第4譜 抗えぬノートの文言
「将棋、とは……」
光秀は呟く。
もちろんその呟きの意は、将棋とは何ぞや、というわけではない。将棋という、盤と駒を使った遊びくらいは知っている。信長の相手をしたことも、ときおりあった。呟きは、将棋のような身体を使わないもので生き死にを賭すのか、という戸惑いから来ていた。
―― そのような、軽々しいもので。
身体を張って日々をすごしてきた戦国の武将たちにとっては、座して行う頭脳勝負など単なる戯れだ。そのような女々しいもので命のやり取りをするということに、どうしても抵抗を感じてしまう。
しかし、規則は規則。
ノートの文字は、筆とはちがう細く弱々しいものながら、何故か、抗えぬ強い気を放っていた。
光秀は首をゆっくり振り、数瞬のタメを作ってからノートを捲った。
次のページには、多くの文字があった。
「それぞれの者、全員に、5年の猶予を与える。その5年は、研鑽の時間に充てるとよい。もちろん、5年という期間に満足して将棋に背を向けてすごすのもよい。しかし最終勝利者を目指したいのであれば、5年の間に書物に目を通し、盤を睨んで研究し、他の者と実戦をこなすといい。
5年のちには、勝利者を決める勝負の場を設定する。対局し、勝った者が他の勝者と対局し、そこで勝てばまた勝者同士で対局し、勝者を絞ってゆく。最終的に、残るのは1人となる」
そして最後のページとなる。
「このノートの文言はすべての者に同じである。全員、まったく同じ条件で戦いに向かう。戦いの前に、有利も不利もない。また必要な時期に、指示、説明を加える。ときおりノートを開くがよい」
この言葉を最後に、ノートは空白になっていた。
光秀はノートを閉じた。
「5年……」
光秀の頭には、戦国期の宣明暦ではない現代の歴が頭に入っている。365日、春夏秋冬が巡って、それが1年。1月1日元日から、12月31日大晦日までが、1年。
それが繰り返されて、5年。
今は、長く感じる。5年の先が遥か先に。しかしすごしていけば、極めて短く思えるだろう。
ざっと言えば、信長が岐阜に本拠地を構えた頃から、光秀が坂本城に入ったくらいの、時の長さだ。
―― あっという間だった。
5年は、無我夢中で生きれば、あっという間の時間だった。
であれば、時を無駄にするべきではない。
光秀は盤を部屋の中央に引っ張り出した。そして駒袋の紐を解き、盤上に20枚の駒をざらっと落とした。
軽い『歩』の1枚が跳ねて、盤から落ちた。
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