第41話

今、小原ははっきりと思い出した。

「あの時の・・・あいつか。あいつが、九鬼龍作なのか」

(あれは・・・)

今となっては、すべてが朧気な記憶になってしまっている。しかし、なぜか、そういう出来事があったという事実だけが、鮮明に残っている。

「あれが・・・お前の素顔か」

小原のこの声は、龍作に聞こえた。

龍作は白い歯を見せ、頷いた。

「なぜ、今、素顔を見せる?」

龍作は答えない。

ソリは、雪が舞い散る空へ飛び立とうとしている。トナカイはそわそわと動き、今にも走り出そうとしている。

「待て!」

小原は叫ぶ。

龍作は待った。

「私の描いた絵の感想は・・・?」

(絵の感想?)

小原には龍作の言うことが理解出来ない。やはり、館長は龍作だったのだ。

「小原警視正殿、どうやら芸術というものには疎いようですね。もう一度、私の描いたひまわりの絵画を、よーく見てくれたまえ。そこには・・・昔の思い出が描かれていますから。なかなか名作だよ。私は、そう思っている」

(それは・・・)

何も浮かんで来ないのだ。頭を掻きむしる。

(昔の思い出・・・?)

小原の気持ちはすっきりしない。口の中がもぞもぞしている。

龍作はニタッと口を開いた。トナカイに飛ぶように合図しようとした。

「待て!」

小原はまた龍作を呼び止めた。

九鬼は動きを止め、振り向いた。

「今回のやつは、何が狙いだ?」

九鬼は白い歯を見せた。一旦やみそうになった雪は、また降り始めていた。

(いつ、やむのかな)

そんな気にさせる雪の降り方だった。

小原はそんな雪が煩わしかったのか、手で目の前に降って来る雪を振り払った。

その時、雪の中にマゼンダ色に滲んだものに気が付いた。

(何かが書いてある)

だが、もう雪に滲んでいて、何が書いてあるのか、読み取ることは不可能だった。

「もう、時間がないんだよ。私には、まだやるべきことがあるんだ。小原警視正、また何処かで会おう」

「やることがある?待て!どういうことだ?」

九鬼龍作はソリに乗り、手を上げた。もう立ち止まる気はないようだった。

「私には待っている人がいるんだよ」

こう言うと、龍作は、

「行こう、あの子が待っている」

トナカイは雪降る空に舞いあがった。

(待っている・・・誰だ)

小原はマゼンダ色に滲んだ紙を拾った。

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