第40話

展示室に入った時、小原は愕然とし、膝を突いてしまった。

ゴッホのひまわりは、本来あるべき場所にあったからである。しかし、

「これは、本物か、奴は・・・」

小原は、

(まだ龍作は近くにいる・・・)

と思っている。そして、この勘は間違いなく当たっているはずだ。

(何処だ?)

彼は展示室の中を見回した。

「むっ!」

小原は異変を感じた。

「変だ、何かが?」

展示室の中を注視した。すると、ひまわりの絵画で、彼の目は止まった。

(違う・・・いや、絵画が変わっている。これが本物なのか!奴は・・・来たのだ)

「違う、確かに違う。九鬼が描いたと思われる絵画とは、何かが違う。何処が・・・分からん。しかし、違うのは、俺にも分かる」

(奴は、ここに来ていた。本物のゴッホを返していったのだ。しかし、ここにはもういない)

だったら、

ガッ!

(何の音だ?)

彼は耳を澄ました。ゴォーという彼の耳にくいこんでくる。

(この音は・・・何だ?)

彼は上を見上げた。

(屋上!)

彼は走った。身体がワクワクしている。久し振りに龍作に会いたかった。

(何だ・・・)

小原は左手に違和感があった。それが、何なのか分かっているのだが、今は龍作だった。彼は、おい、と叫ぼうとしたが、誰も目覚めてはいないのに気付く。

彼は民間の警備員がいないのに気付いた。

「あいつらも龍作の仲間だったのか」

間違いないようである。

(副館長も案内役の女も仲間に違いない)

彼らの役目は終わったということか。ここにいる奴で、正気なのは、

「俺とあいつだけか」

小原は、にやり、

(まあいい)

あいつ、今まで、何処で何をしていた。

「会いたかったぜ」

彼は龍作を誰よりも知り抜いていると自負している。 あいつは、稀代のおかしな泥棒で、警察官である小原とは全く別世界に住んでいる。二人で会い、なぜお前はそんな盗人のような生活をしているのか、何処に住んでいるのか、家族はいるのか・・・親密な話をしたことはない。第一(多分?)この時まで龍作と声の届く距離で向かい合っていない。なぜそんな龍作に愛着を持っているのか、小原には分からない。ただ、彼には妙に気になる存在なっていて、あいつとは、

(住む世界が違う)

と小原は理解しているのだが、いつの間にか、警察の同僚たちより心が通じ合うようになってしまった。小原警視正には、そういう印象があった。

ここで、小原は初めて龍作として見舞えることになる。

小原は屋上に出た。そこで、龍作の別世界の一端を、

(何なんだ?)

と小原は目にする。

屋上には、

「九鬼・・・龍作」

らしき男がいた。

(あいつが・・・)

その男は・・・小原警視正は初めて会う。

目があった。

(どこかで?いや・・・?)

龍作は、今まさに博物館の屋上から飛び立とうとしていた。

(トナカイ・・・)

多分トナカイだろう・・・に繋がれたソリに龍作が乗っていたのだ。

「久しぶりだね、小原警視正殿」

(あいつ・・・)

龍作が黒いヒゲの中に白い歯を見せた。

小原は息を切らしている。俺も、

(歳だろう、仕方がない)

それにしても、久しぶりとはどういうことだ。素顔の九鬼に会うのは初めてだ。変装した龍作には数えきれないほど会い見舞えているのだが。その変装した奴も、小原が奴が変装したのだと想像・・・推理しただけである。

「どういうことだ?」

九鬼は、フフッと笑った。

「お前さんとは、ずっと以前会っているんだよ」

こういうと、龍作は濃い口髭を手でおおった。

そして、もう一度わらった。

(まだ。分からないのか)

と言いたいようだ。

小原は頭の中の記憶ををまさぐった。

「あいつ・・・」

この時、彼の手から紙片が離れた。

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