第37話

その時まで、陽太郎は

(虎屋のういろうを、どのようにしてプレゼントを渡そうか・・・)

いい方法を考えていなかった。

三夫のお父さんは、そのまま帰って行こうとした。三夫手を引っ張り、目で行くぞと合図した。三夫は新らしい虎屋のういろうをねだらなかった。三夫はつぶされた虎屋のういろうを、悲しそうな目で見ていたのを、陽太郎は覚えていた。

(きっと欲しかったんだろうな)

と、陽太郎は思っている。きっと食べたかったに違いない。

そんな時、目が合った。互いに気付いたが、言葉も交わさなかった。

(誰にも気付かれずに、ういろうを、届けることは出来ないかな・・・)

窓からのぞくと、みんなが眠っていた。

(三夫君・・・)

声を掛ける訳にはいかない。

(どうしたら・・・)

いいのかな?

「あっ!」

陽太郎は声をあげて、あわてて口を押えた。

(みんなを起こない。せめて、三夫君だけに知らせたいな・・・そうか)

この方法しかないと思った。


「ちょっと待っていてくれ」

というと、九鬼龍作は展示室から出て行く前、

「あっ、そうだ」

といった後、

「その絵は梱包を開け、今ある絵と入れ替えておいてくれ」

と、言い残した。

龍作は二階にあがり、さらに屋上に出た。

(あの人に、私がもうここにいることを知らせてやろう、あの子の、やった方法で・・・)

もう絵は返した。私はここにいることを知らせてもいいだろう。

龍作は優しい笑みを浮かべた。

(あの子は・・・)

こんなことをしたのだ。


陽太郎は、いつもポケットに入れて持っている白い紙を取り出した。きっと役にたつことがあるから、もっていなさい、とお母さんに言われていた。こんな時に役にたつとは思わなかった。

陽太郎は、四つに折った紙を広げた。そこに、マゼンタ色のペンで、


《メリークリスマス

ぼくからのプレゼントだよ》

           ゆう


と書いた。

窓は雪に濡れていて、紙は難なくくっ付いた。もちろう描いた面を窓にして、家の中から読めるように。

紙は、いずれ剥がれ、雪の上に落ち、消えてしまうかもしれない。

三夫はまだ眠っていた。

(起きて、三夫くん)

陽太郎は窓を軽く二三度叩き、三夫が目を開くのを確かめてからソリに戻った。

(目があったけど、きっと僕だと気付いたに違いない)

「うん」

と、陽太郎は頷き、自分のやったことに満足した。


黒いヒゲのサンタクロースは紙片を取り出した。

そして、非常に短い文を書いた。

「これで・・・よし」

黒いヒゲのサンタクロースはまだ雪の降る空に、

「ぴー」

と口をすぼめ、息を吹いた。聞こえるか聞こえないくらいの音で、雪の降る音に消えてしまった。

すぐに、ビックルはやって来て、龍作の肩に止まった。

「頼む!」

ピックルは、紙をくわえ、雪が舞い散る空に飛んで行った。

(心の優しいあの子の考えにははるかに及ばないな)

黒いヒゲのサンタクロースは苦笑した。


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