第36話

「遅い」、

小原警視正は苛ついていた。

時間は深夜零時を過ぎている。

(あいつが宣言した時間に現れなかったことは・・・)

あるのか・・・小原は何やら呟く。

奈良博物館を警備している警官たちに、緊張感がなくなっている。

(奴は、何が狙いだ!何なんだ!あの絵を返しに来るのと違うのか)

「むっ!」

人の気配だ。

だが、誰もいない。

(雪か・・・)

まだ止みそうにもなかった。

(いや・・・人ではない)

耳に全神経を集中すると、鳥・・・鳥の鳴き声か?小鳥か。

(こんな雪の降る中に、鳥がいるのか・・・)

だが、その姿を確認することが出来ない。

生真面目な小原はすぐに鳥を探すのを止めた。彼は、その性格が嫌いだった。だが、それが警視正という役職につかせたのはまちがいなかった。



「警視正!」

誰かが呼んでいる。警備の警官のようだ

(奴が現れたのか!)

小原はすぐに反応し、叫び声のする方に走った。

(なぜ、俺は走るのだ。俺は、奴を待っているのだ)

自問するが、答えは一つ。

「奴が現れた」

のに違いない。

「どうした?」

何人かの警官が集まって、暗い空を見上げている。ここしばらく、変わりない空の様子である。

「何かが、空をとんでいたのでずが・・・」

あやふやな言い方をする。

(ばかな)

声が出そうになるが、やめた。

(奴か!)

小原も空を見上げるが、雪が目に入り、よく見えない。

(来たか・・・来たな!)

「奴が現れたぞ。みんなに、警戒するように」

こう命令を下した。こう感じただけで、彼は九鬼龍作を確認したわけではない。

(絵を返しに来たのか!どう来る、お前は、何をしようとしている?)

小原の神経をとがらせたのは、一向に止まないこの雪がいらいらさせたのである。

そうかと言って、この雪を止められるわけがない。


九鬼龍作は、すでに博物館の中にいた。

(よし・・・)

博物館の中にいる誰もが倒れていた。

「うまくやってくれたな」

その中の五人だけが、龍作の前にいた。この日のためのだけの仲間である。彼がこの仕事のために雇ったというより、彼の館で動物たちの世話をする仲間たちである。

(それにしても、あの子はよく考えたものだな。私でも思い浮かばない奇抜な方法を取ったものだ)

ふっ、と龍作は微笑む。五歳の子供らしい行動だった。

「私はあの子の父親だが・・・私も、あの子の方法をとってみよう」

とつぶやく龍作だった。その手には、マゼンタ色のペンが握られている。

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