第26話

「奈良博物館の館長がお見えです」

小原警視正は走って来た警察官を一瞥した。彼の眼は、すぐに背後にいる男を捉えた。

「お疲れ様です。私が奈良博物館の館長、大海優です」

 大海は手を差し出した。しかし、小原は無視をして、目の前の男を睨み、全身をじつと観察した。

 「ピピッピピッ」

 (むっ、鳥か!)

 小原は聞こえた方を見たが、何もいなかった。というより、鳥のような生き物は何も見えなかった。

 (鳥なら、鳥でいい)

 「しかし、今の鳴き声は・・・よく聞く鳥の鳴き声に似ているな」

(気のせいか・・・?まあ、いい)

 小原は小さく呟いた。だが・・・気になる。

 小原の抱いた違和感は消えない。今、奈良は雪が降っている。

(こんな時に、鳥は飛んでいるのか?)

彼は暗い空をもう一度見回した。雪が目に飛び込んで来た。

 「どうか、されましたか?」

 大海館長は訊いて来た。

 「いや・・・」

 「あっ、さっきの鳴き声ですか」

 大海館長はさっき小原が見た方を見て、

 「こんな寒い時でも、ここには、いろいろな鳥がいますから」

 といって、ほほっと笑った。

 大海はまだ暗い空を見ている。

 「なるほど」

 ⌒そんなものか、俺にはよくわからん)

小原は呟いた。

「何処かで・・・?」

 小原は言いかけ、大海を睨んだ。

(こいつ・・・何処かで会ったか?)

大海と言う男の妙に落ち着いた動き、時々鼓膜を激しく震わせる声の調子が、小原を苛立たせたのである。

(何だ、何だ・・・?)

小原は声に出さない。彼は、自分が短気で、すぐ頭に血に充満する性格だと自覚しているのだが、なかなか直らない。この歳になり、直す気が無くなって来ている。

 ⌒ここは笑うべきなのか)

 小原は声にはやはり出さなかった。

 「少し前、マンションの方に行ったんですけど、見えませんでしたね」

 ここは、話の話題を少し変えるしかない。

 「あっ、そうですか、失礼しました。私用で出かけていましたので」

 「何の?」

 「くだらないことで」

 「くだらない!」

 小原警視正は不快さを顔に出した。

 「大体、私用なんて、みんなくだらなくないですか?」

 大海館長は同意を求めて来た。

 「まあ」

 (そうだ)

と小原は納得するしかない。

 (俺は・・・今はくだらないことのために、この寒い中こんな所にいるのではない) 

 大海の目は小原を凝視したままである。

 「もう・・・一時間もしない内に、十二時ですね」

 小原は腕をまくり上げた。

 「来ますかね」

 「来る。奴は、そういう男だ」

 「ははっ!」

 大海はわらった。

 「だからこそ、こうしているんだ」

 小原はこう言い切った。

 「実に頼もしいですね。私も、龍作ですか・・・九鬼龍作が、ここ私の奈良博物館に現れるのを楽しみにしています」

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