第24話
照美ちゃんと話していると、いつも
(あっ!)
という間に時間が経ってしまう。その時、
(おやっ!)
黒いヒゲのサンタが携帯電話で誰かと話しているのに、陽太郎は気付いた。
(誰と話しているんだろう?)
二人とは離れた処にいるのでよく聞こえない。時々笑っている・・・楽しそうにも見えた。気にはなったが、今は訊ねるわけにはいかない。
「ねえ・・・どうしたの?」
よそ見をしている陽太郎に気付き、照美が訊いて来た。
「えっ、何でもないよ」
陽太郎はもう一度だけ黒いヒゲのサンタを見たが、まだ話していた。気になってしかたがなかったのだが、照美が急に立ち上がった。
「あっ、お母さんだ」
照美は立ち上がって、母淳子に走り寄った。
照美に微笑みかけた後、見知らぬ人がいるのに気付いた。しかし、その態度は一瞬だった。
彼女はその人に対して、軽く頭を下げたのである。
陽太郎は、
(おやっ、黒いヒゲのサンタクロースを知っているのかな?)
と思った。
照美ちゃんのお母さん、黒いヒゲのサンタさんを見て、恥ずかしそうにして目を逸らした。陽太郎には、
(そう・・・)
みえたのだった。
(やはり、知っているのかな?)
と首をひねった。
「お母さん、来たから行くね」
照美はお母さんの手を握り、行ってしまった。
照美はお母さんに何やら話しかけている。クリスマスプレゼントの話しかも知れなかった。
「これから、プレゼントを買ってもらうんだね」
「そうだね。そうかも知れないね」
黒いヒゲのサンタも、二人の後ろ姿を嬉しそうに見ている。
「さあ、私たちもそろそろプレゼントを買いに行こうかな」
黒いヒゲのサンタは陽太郎の背中を押した。
「えっ?」
陽太郎は黒いヒゲのサンタを見上げた。
「君のお母さんに、何でも買ってやってと言われているんだよ」
「お母さん、そんなことを言ったの?」
歩くのを止め、不思議なものでも見るような目で、黒いヒゲのサンタを見上げてしまう。
「約束したんだよ。お母さんに聞いたんだけど、君には本物のサンタクロースが毎年プレゼントを届けてくれるんだって」
「うん、どうして知っているの?」
「お母さんから聞いているよ。そして、今年はまだプレゼントが届いていないんだって」
陽太郎は力なく頷いた。
「今年は、私がそのサンタクロースになってやるよ。いいだろう?」
「かまわないけど・・・」
「よし、じゃ・・・行こう」
陽太郎はまた背中を押された。
まだ信じられない顔をしていたので、
「大丈夫だよ、お母さんには話してあるから」
陽太郎の目に本降りになり始めた雪が一つ二つと入ってきた。
小原警視正は、その時を待つしかなかった。
(奴が、ここに来るのは間違いがない)
ひまわりの絵をどのような方法で返してくるのか、今の所、小原には全く想像すら出来なかった。
小原は奈良博物館の周りを見て回った。
(もう・・・暗い)
博物館の建物全体にサーチライトが当たり、昼間のように明るい。
(この時間・・・)
十二月二十四日の午後十一時をほんの少し回ったところだった。
やはり、暗かった。当たり前な状況だった。彼は空を見上げた。雪が降ってきているのだが、ますますひどくなって来ていた。足元はまだ凍てついてはいなかったが、そうだな、四五時間後もっとつもっているかもしれない。
博物館の中から明かりが漏れている。だが、観覧客はもう人はいない。八時には閉館になり、それまでごった返していた館内が嘘のように静まり返っていた。博物館の前にはパトカーが五六台ばかり止まっていた。警察官も博物館の周りに配置されて、一見何処からも中には入れないように窺えた。
(来るか・・・来る・・・)
奴がそう言うのだから、絶対に来る。
そのとき、
(むっ!)
誰だ、と小原は気付いた。
歩みを止め、周りに気を配るが・・・誰もいない。
(誰かが・・・何かが・・・俺を見ている、見張っているのか?)
小原はその瞬間には分からない。しかし、少し離れた暗闇の中にいくつかの目が光っていた。
人の気配はない。
気にはなった。
「おい、何だ!」
串崎啓二はなぜか答えられない。仕方がないので、小原はそのままにしておいた。
「ピッ」
今度は、
「何だ!」
声のする方に目を向けた。
「鳥か・・・」
「ピ、ピックル」
だが、暗くて、鳥らしきものは何も見えなかった。
その頃、黒いヒゲのサンタクロースは小さな町にある小さな住宅の前にいた。彼が少年と歩いた古い城跡のある町を南に下ったS町・・・そう、もう何年も前に龍作がいなくなったちいさな家である。
もうすっかり暗くなっていた。雪はゆったりと降り、快い冷たさ感じさせていた。その家の中から明かりが漏れている。耳を澄ましても、家の中から声は聞こえて来ない。中には、少年と母がいる。
黒いヒゲのサンタクロースは眼を閉じた。
「ねえ、お母さん」
陽太郎は美千代の前に座り、小さなケーキをじっと見つめている。不思議なものでも見るように上目づかいに睨んでいる。
「ねえ!」
それでも、母の返事はない。
陽太郎はちらっと母を見、
(よし)
と思った。どうやら母は何かよそ事を考えているようだった。
「もう食べてよ・・・」
陽太郎はケーキに指を突っ込もうとした。
「だめ」
美千代は子供の手をたたいた。
「痛っ!」
陽太郎は叫んだ。
「早くう」
陽太郎は母を睨んで、にこりと笑った。
「何を考えているの!」
陽太郎は想像がついた。昼間に出会った人のことである。結局、母は追いかけて行った人には会えなかったらしい。
「誰なの?」
聞いても、母は答えてくれない。
だからというわけではないが、陽太郎は今日出会った黒いヒゲのサンタクロースのことは、母に言わなかった。言ったら、あれこれとしつっこく聞かれるのは分かっていた。それに、その人のことをうまく話せない、と陽太郎は思ったからである。
「誰、その人?」
と訊かれ、
「黒いヒゲのあるサンタクロースさん」
答える。
「そんな人・・・いるの?」
この後、しつっこくああでもないこうでもないと言った会話がずっと続くのである。
「ねぇ、もう一人のサンタクロースさんからは、まだ何を届いていないの?」
陽太郎は、
(知っているはずだけどなあ)
と思い、訊いてみた。
いつもなら、母との買い物から帰ると、家に届いているのだが、今年は玄関には何も置いていなかった。
「そうねえ」
美千代は困った顔をした。陽太郎の訊いて来たことには答えない。
⌒今年は、何をしようとしているの?)
美千代には、あの人が約束を破る人ではないことを知っている。だから、いらいらして余計に苛立ち、陽太郎に当たってしまう。
この子が持って来た三つのプレゼントは、あなたが買ったのね。あなたが知らせて来たから、余計なことは訊かなかったけど、どういうことなの?あなたのことだから、それなりの考えがあるのは予想出来るけど、何なの?私には何にも分からない。黒いヒゲのサンタクロースって何なの!わたし、とぼけておいたけど・・・それって、多分あなたなのだと想像出来るけど、今年は何をやろうとしているの?
あれこれ考えると、またゆうに当たってしまいそう。だから、もう何も考えないことにする。あなたを信じていいのよね。
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