第19話

「それで、どうするんだね?」

城倉陽太郎は、

「うん」

と自信をもって答えた。

しかし、彼は・・・黒いヒゲのサンタを見上げ・・・黙ってしまった。何かをいいたそうだった。

(これは・・・その時まで絶対に秘密だ)

陽太郎は自分に言い聞かせた。自分の気持ちを満足させるために実行するのではない。

(一郎君に喜んで欲しいからやるんだ)

彼の強い意志が、紅潮した表情に見て取れた。

「小父さんに教えてくれないかな?」

陽太郎は何も言おうとしない。

「だめだよ」

陽太郎は笑い、歩き始めた。彼は自分の思い付いた考えに満足していた。だから、これは誰にも言ってはいけない。もし言ったなら、自分の素晴らしい考えがシャボン玉のように、初めはきれいだけど、すぐに破れて消えてしまうような気がした。

黒いヒゲのサンタクロースは、陽太郎と並んで歩いていた。彼には陽太郎の考えたことははっきりとは分からなかったが、

(こうだ)

と想像出来ない。

(大きくなったな)

と黒いヒゲのサンタは感じ、嬉しかった。

空を見上げた。白いものがまた目に入り、彼は目をこすった。今度の白いものは、明らかに冷たさが増していた。

(雪だ、もっとふるだろう)

黒いヒゲのサンタクロースはすっきりと目覚めた目で、前を歩く男の子を見ていた。いつの間にか、また少し前を歩いている。

毎年、この日、彼は陽太郎を遠くから見守った。年々成長しているのは目にしていたが、この年、ついに彼は我慢できなくなり、陽太郎の前にその姿を現した。

そして、今陽太郎を目の前にして、彼はその成長の大きさを実感していた。

町の中心部から離れて行くにつれて、人の通りは少なくなってきた。商店なども徐々に少なくなって来ていた。

車が一台、かろうじて交差できる道幅の古い町みなに入っていた。

陽太郎は手を大きく振り、足で飛び跳ねるように歩いている。何かが・・・自分の考えたことに大きな満足を感じているようだった。その彼の足が、また止まった。そして、小走りに走り出した。

(また、友達がいたのか?)

黒いヒゲのサンタクロースは少年の後を追った。

自分と同じくらいの歳の少女の前で立ち止ると、陽太郎は話し掛けた。

黒い髪が彼女の耳を深く覆い、顔立ちの整った可愛い少女だった。小さな口が時々微笑む。その度に、陽太郎の顔は赤くなった。そんなこと、彼本人は気付いていないかも知れないが、黒いヒゲのサンタクロースには、そのことが何よりも嬉しかった。

黒いヒゲのサンタクロースは、陽太郎が駅前の通りにあったショーウインドの前に立ち、マネキンの少女の服に魅せられていたのを思い出した。結び付ける確かな確証はなかった。だが、陽太郎のことを何よりも気遣う黒いヒゲのサンタクロースだからなのかも知れないが、容易にショーウインドの服とこの可愛い少女は結び付いてしまった。

城倉陽太郎は振り向いた。そこには、彼の信頼する人がいた。優しいが、それていて逞しく感じることがいた。この短い時間に、彼はその人にそういう印象を持つようになっていた。彼は微かに笑みを作り、その目は黒いヒゲのサンタクロースに、

(こっちに来て!)

と訴えていた。

黒いヒゲのサンタクロースはゆっくりと歩きながら、二人に近付いて来た。

「この子は・・・」

と、言いかけて、彼の声は止まってしまった。どう紹介していいのか、彼は戸惑ってしまったのである。

黒いヒゲのサンタクロースは白い歯を見せ、ニコリとした。

「私の名前は、サンタクロース、黒いヒゲのサンタクロース」

彼の声は低く響き、滑らかな抑揚で二人を包んだ。

少女は驚いた顔をし、嬉しそうに背の高い男を見上げた。

「ほんと!ほんとうなの?でも、でも、変ね。サンタクロースって、白いヒゲじゃなかった?黒いヒゲのサンタクロースなんて?」

「黒いヒゲだから、黒いヒゲのサンタクロースなのさ。君は?」

少女は背を伸ばし、頭を下げ、

「私は、田沢照美。陽太郎君の友達です」

と言った。

「そう。照美ちゃんか。私も、この陽太郎君の友達だから、当然君と私も友達のなるね」  

照美はちょっと首を傾げた。黒いヒゲのサンタクロースの言うことが分かったようでよく分からなかったが、彼女は頷いた。


「くそっ!」

小原正治警視正は立ち上がり、目の前のガラスのテーブルを蹴とばしたい気分だった。多分、今いる場所がどこかの取調室だったら、そうしただろう。

だが、今彼は、奈良市内のビジネスホテルのロビーにいた。

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