第17話

「ここを左に曲がって行くと、《つばめ》というプラモデルばかりのお店があるんだよ」

新しく出来た道路の先に見える細い路地を指差し、城倉陽太郎は言った。

黒いヒゲのサンタは少年の指差した方に目をやり、頷いた。

その頷きは、少年が気付かないほどの小さな動きだった。

(まだ、あったのか)

黒いヒゲのサンタの表情が変わった。陽太郎が指差した方には確かにプラモデルの看板が掛かり、飛行機や車などのプラモデルの絵も描いてあったのだが、

「どうしたの?」

陽太郎は恐ろしいものでも見るような目で、黒いヒゲのサンタクロースを見つめた。

「いや、何でもないよ。お母さんにクリスマスプレゼントをもらうのかい?」

黒いヒゲのサンタはきごちないが、笑っていた。

「うん」

陽太郎はぶるって体を震わせた。

「寒いか?」

「うん。少し」

陽太郎は空を見上げた。白いものがちらちら浮き、空を舞っていた。

「雪になるかも知れないね」

陽太郎は頷いた。

「あの服を買ってもらうのかな?」

「まだ・・・まだはっきりとは決めていないよ。でも、僕は何でもいいんだよ。お母さんとお昼を食べながら考えるつもり」

陽太郎はちょっと寂しそうな目をした。黒いヒゲのサンタは、少年のその素振りを見逃さなかった。

「どうした?」

「別に、何でもないよ」

少年はちょっと泣きたい気分だった

「嬉しくないみたいだな」

「そんなこと、ないよ・・・」

少年は口をつぐんだまま。言いたいけど、自分の秘密を言いたくないという固い顔だ。何処の誰とも分からない黒いヒゲのサンタクロースに、まだ完全に心を開いていなかったのである。

目を逸らさずに見ている黒いヒゲのサンタに、陽太郎の心の塊りは崩れ、心がとろけてしまうような気分になっている自分に気付いた。

〈なぜ・・・?この人は、誰?お母さんの友達だというけど、何も聞いていないし・・・〉

陽太郎は母とは違う優しさに、抵抗出来なかった。彼が今までに感じ、抱いた気持ちではなかった。

「どうした?言いたいことがあったら、言った方がいい。嬉しいことでも楽しいことでも、他人に話すことで嬉しさはずっと大きくなり、悲しさは間違いなく半分以下になるんだから。話してごらん」

黒いヒゲのサンタの声に誘い込まれるように、陽太郎は話し始めた。

「お母さんが、いつも僕にいろいろなものを買ってくれるのはすごく嬉しい。誕生日とかクリスマスとかに。本当だよ。とっても嬉しいんだ。お母さんはいつも僕のことを思っていてくれる。それだけでも、僕は十分なんだ。何もいらない。お母さんが僕の傍にいてくれさえいればいい。でもね、お母さんに、プレゼント、いいよとは言わないんだ。だって、そんなことを言うと、お母さん、すっごく悲しい顔をすると思うんだ」

城倉陽太郎はゆっくりと首を二度振った。少年は続けて言う。

「本当だよ、僕、一度も言ってないよ。お母さんの気持ちを聞いたことはないけど、僕は、そうにちがいないと想像するんだ。多分、当たっていると思う」

黒いヒゲのサンタは頷いている。

「そうだね。陽太郎君の言う通りだと思うよ。いい子だね、君は。とっても優しい男の子だ。黒いヒゲのサンタさんは、君がとっても好きになりそうだ。今日は、お母さんにうんと甘えて、好きなものをいいものを買ってもらうんだな。そうしたら、お母さん、うんと喜ぶと思うよ。その時のお母さんの顔・・・この黒いヒゲのサンタさんもみたいね」

黒いヒゲのサンタクロースはにこりと笑い、陽太郎に向かって右目をつぶった。

陽太郎はほっとした気分になった。黒いヒゲのサンタが自分の考えと同じだったのが、何よりも嬉しかった。

(なぜかな?)

彼は首を傾げたが、何も思い浮かばなかった。

「あの男の子は、どうやらプラモデルに興味がありそうだね」

黒いヒゲのサンタクロースはプラモデルの店の前にいる子供が気になっていたようだ。

「行って見ようか」

陽太郎は黒いヒゲのサンタクロースの後をついて行くことにした。後ろに隠れて、自分の姿が隠れるようにした。《つばめ》というプラモデル専門の店の前で、四五歳くらいの男の子が座り込んで泣いていた。傍にいるのは母親だろう、男の子の手を引っ張っている。

「一郎君だ」

陽太郎は少し驚いた。一郎は喧嘩が強く、陽太郎は、一郎が泣いたのを見たことがなかった。陽太郎は一郎がなぜつばめの前で座りこみ泣いているのか、すぐに分かった。

「知っている子だね。友達か?」

「うん。団地の公園でよく遊んでいる子だよ」

陽太郎は一人で公園に時々行くが、堀口一郎は、母の里子とほぼ毎日遊びに行っているようだった。公園は小さく、そこにある遊技はブランコ、シーソーと滑り台だけがあるだけだった。

一郎は一所でじっとしないで、ブランコに乗ったり、滑り台で何回も滑ったりして落ち着いていることはなかった。母の里子は、そんな彼の後をついて回るわけではない。同じように公園に遊びに来ている母親を見つけては話し掛けていたが、絶えず一郎から目を離さないようにしていた。

「僕、一郎君が何を欲しがっているのか知っているよ。きっと飛行機のプラモデルが欲しいんだよ」

「よく分かるね」

「だって、あの子、いつも飛行機のおもちゃをもっと遊んでいるよ」

なるほど、一郎の手には飛行機のおもちゃが握っていた。

「飛行機が好きなんだ」

「うん。でも」

陽太郎は目をふせた。一郎の持っているおもちゃの飛行機は片方の翼が取れていた。


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