第14話
この町にはS駅から西に向かって、ほぼ直線に一本の道路が役四キロにわたって走っている。
(昔・・・)
この男がいた頃には、駅から百メートルほどは車二台が、かろうじてすれ違えるほどの幅の広さだった。
それが今はすれ違う車が十分に対向できる広さになっている。だが、駐車違反の車がどっちの側にも止まっており、道幅を広くした意味がなくなってしまっていた。
黒いヒゲのサンタクロースは立ち止り、商店街の様子を観察していた。すると、彼の表情は険しくなった。
そんな様子に気付いた陽太郎は、
「どうしたの、小父さん?道、とってもきれいでしょ?」
陽太郎は戸惑いを見せた。ちょっと怖い顔に見えたのである。
「確かに、駅前の商店街はきれいだね。きれいになったのかもしれないね。全ての店舗が建て替えられ、きれいになった。道路も広くなり、町そのものの印象がすっかり変わってしまった。時代とともに、それぞれの町の景観も変わる必要があると思う。次の時代へ受け渡すのに必要な変化なのかもしれない。しかし、それは住む町によって、それぞれの独自の変化を受け入れればいい。この町が変化していい所なのか、私には分からない。ただ、私は今目に映る景観が嫌いなんだよ」
黒いヒゲの中に白い歯が見えない。この子の前で、この怒りのような感情を出しても始まらないと思ったのだが、目のする風景への嫌悪感に我慢できないようだ。
(ちょっと気分を変えた方がいいかな)
「こっちだ。こっちだったね」
黒いヒゲのサンタクロースは北に曲がり、細い路地に入った。
「待ってよ。小父さん、待ってよ」
陽太郎は、黒いヒゲのサンタクロースを走って追い掛けた。大通りから逸れると、人通りは少ない。ひと昔の前の細い道だった。
黒いヒゲのサンタクロースに追い付くと、陽太郎は手を握った。何気なく自然と出た手に驚いたが、その手は大きく暖かかった。
「この道は、職人町通りというんだね」
陽太郎にはよく分からなかった。
「小父さんは、僕が何処へ行くのか、知っているの?」
陽太郎は黒いヒゲの小父さんを見上げた。
「知っているさ。ぼくもよく知っているよ。お母さんから聞いているからね」
人の通りはますます少なくなってきた。初めてこの町を訪れた人でも、この先には人を寄せ付けるような店はないと気付くはずだ。
坂倉陽太郎は黙ったままだった。この大きく暖かい手の男が、いったい誰なのか?陽太郎は考えていた。彼は手を強く握り締めた。
黒いヒゲのサンタクロースは、少年の耳が少し赤いのに気付いた。
「寒いか?」
「ちっとも」
「そうか。よし。いい子だ。雪が降って来るかも知れないからな」
黒いヒゲのサンタクロースは立ち止まって、空を見上げた。少年もおなじように空を見上げた。
「うん」
陽太郎も、雪は間違いなく降ると思った。
「雪は好きか?」
「うん、少しだけ」
と、陽太郎は答えたが、今まで雪を好きだと思ったことがない。
黒いヒゲのサンタクロースはまだ空をながめたままだった。少年も同じように空を見上げ続けた。
「あっ!」
陽太郎は声を上げた。一羽の赤紫色の小さな鳥が黒いヒゲのサンタクロースの向かって飛んで来たのである。すると、黒いひげのサンタクロースの差し出した手首に止まった。彼はその鳥を耳元に近づけた。
ピ、ピピッ、ピックル
「そうか。向こうも雪が・・・警部のようすは・・・。ひまわりの絵は・・・大切に扱えと伝えてくれ」
黒いヒゲのサンタクロースは何度もうなずいたり話し掛けたりしていた。話していることは、陽太郎にはよく理解出来なかった。黒いヒゲのサンタクロースも小さな鳥も、とても楽しそう見えた。ひまわりの絵・・・だけは、はっきりと理解できた。
(ひまわりの絵・・・)
首をひねる、ゆう。
陽太郎は大きな手を引っ張った。
「何だ、どうした?」
「小父さんは、鳥さんとお話が出来るの?」
「ああ、出来るよ」
黒いひげのサンタクロースは笑い、赤紫色の小さな鳥を空に放してやった。
小さな鳥が雪の中に見えなくなると、黒いヒゲのサンタは少年に聞いた。
「雪は好きと言ったね?」
「うん、少しだけど」
「どうして、好きなんだ?」
「・・・」
陽太郎はちょっと言葉につまった。
「どうした?」
「う・・・うん。よく分からないんだ。もっと小さいころ、赤ん坊のころかも知れないけど、雪をとっても楽しそうにして見ている記憶があるんだ。僕の傍に誰かがいるんだけど、その人の顔がはっきりと思い出せないんだ」
陽太郎は悲しい表情をした。楽しい記憶が、頭の中でもやもやと揺れていた。
「そうか。いい思い出だ。大事にするんだな」
黒いヒゲのサンタクロースはしゃがんで、陽太郎を抱き上げた。
陽太郎の体を軽々と持ち上がった。黒いヒゲのサンタクロースの顔が、目の前にあった。ゴツゴツとしたヒゲは怖かったが、白い歯の笑みに、陽太郎は、ほっとした気分になった。
小原正治警視正の腹の中は苛だっていた。
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