第13話
その人たちが、陽太郎と黒いヒゲのサンタクロースを避けて、走って行く。
邪魔になるので、陽太郎は道の真ん中から端に寄った。彼は黒いヒゲのサンタクロースと話していて気付かなかったが、虎屋店の前で、二人の若い男が子供連れの親子に、何か文句を言っていた。
「正ちゃんだ」
右田正文が、その中にいるのが分かった。同じ幼稚園で、年長組の子だ。声を掛けようかと思ったが、若い男が怒っているように見えたので、しばらく様子を見ることにした。
「友達か?」
「う、うん」
陽太郎は頷いたが、そんなに仲のいい友達ではなかったが、嫌いではない。正文は、時々陽太郎をからかいに来るけど、いじめるというのではない。
正文のお父さんもお母さんも、陽太郎はよく知っていた。
そういう間柄だけど、正文の家に遊びに行ったことは、何度かある。今年の運動会の時、広場では、隣りに場所をとった。陽太郎も正文もあまり口を利かない。もう一度言うけど、中が悪いわけではない。美千代と正文の母は気があうのか、結構話がはずんだ。
正文の父、貞吉は、陽太郎の父の話をしてくれる。友達というほどではなかったが、良く知っているという。
「優しくて、頼りがいのある人だよ。私も、よく相談に乗ってもらったんだ」
陽太郎には何があったのか、よく分からなかったが、お父さんを褒められて嬉しかった。
貞吉も、陽太郎の父が家にいないのは気付いていたが、なぜいないのか、何処へ行ったのかは全く知らなかったようだ。
若い男は、二人いた。少し離れた処に、二人より三つばかり年上の男がいて、その様子を見て笑っていた。彼らは、通行人がちらっと見て、逃げるように通り過ぎて行くのに気付いていた。それがかえって、彼らの気分を高揚させていた。だから、彼らは余計に大声を出し、大胆な動きをするように見えた。
正文のお父さんは、何度も何度も彼らに頭を下げていた。
「すいません。すいません」
貞吉の声は、陽太郎にもはっきりと聞こえた。彼らの態度は、貞吉がそうした姿勢を繰り返せば繰り返すほど、余計に高飛車になり生意気になった。
正文は弟の三夫を抱きながら、貞吉の後ろに隠れていた。正文は大きな箱を持っていた。多分、買ってもらったクリスマスプレゼントだろう。怯えている様子ではなく、隙があれば、いつでも彼らの一人に、特に目の前にいた細く背の高い男に突っかかって行きそうな生き生きした目をしていた。
正文のお母さんは絵美といった。夫の貞吉と同じように彼らに頭を下げていた。彼女は一歳の英子を抱き、狼狽している。今にも泣き出しそうな目をしていた。三夫は何が起こったのか分からず、大きな声で怒鳴る目の前の若い男から、目を離さなかった。
「どうしたんだろう?」
陽太郎は、黒いヒゲのサンタクロースを見上げた。
「むぅ・・・。そうだな。一番わめいている男の足を見てごらん」
見ると、彼の足元には踏みつけられ、包装紙からはみ出たういろうが散らばっていた。
「あれで怒っているの?」
「だろうね」
どうやら、正文がういろうを買い、店から出ようとしたとき、彼らにぶつかったようだった。
「正文くん、ういろう、好きなんだ。何時だったか、お弁当に、クリのういろうが入っていたことがあるんだよ」
陽太郎はよく知っている。いつだったか、ういろうを一つもらったことがあったのを、彼は覚えている。
陽太郎は彼らの前に出て行こうとした。だが、大きな手が、陽太郎の動きを止めた。
この時、正文と目があった・・・ような気がした。互いに、これといった反応はしなかった。
出て行って、どうするという考えは何もなかった。正文はそんなに仲のいい友達ではないかもしれないが、陽太郎と同じ幼稚園に通っている子が、怖い目にあっているのに助けない訳にはいかなかった。
「僕が滑り台から落ちて動けない時、先生の所まで連れて行ってくれたことがあるんだよ」
「そうか、そういうことがあったのか。優しい子なんだな。でも、出て行って、どうする?」
黒いヒゲのサンタクロースの手は、強い力で陽太郎の肩をつかんでいた。
「だって・・・」
陽太郎は、力強くつかまれた手の中でもがいた。
「まあ、待ちなさい。君が出て行って、どうなるもんじゃない。もう少し様子を見なさい」
「でも、あのままでは・・・」
「大丈夫だ。あいつらは、君の友達のお父さんに何も要求していない。ただ、ああやって気勢を張っているだけだ。もうすぐ、終わるよ」
陽太郎は暴れるのを止めた。そして、彼は黒いヒゲのサンタクロースを、この世界で誰よりも信頼する目で見上げた。多分、陽太郎がまだ一度も会っていない父とおなじくらい。
黒いヒゲのサンタクロースは空を見上げ、その後、腕時計に目をやった。
「そろそろ・・・」
と、黒いヒゲのサンタクロースは呟いた。
確かに、黒いヒゲのサンタクロースの言う通りだった。
彼らの声は大きかった。急ぎ通り過ぎようとしている人の足を止めるのに、十分な声の大きさだった。見ている人によっては、彼らは今にも暴力をふるう勢いに見えたのかも知れない。
でも、彼らは正文の体に一度も触れていなかっし、殴るような脅しもしていなかった。
彼らの中の一人が、じっと見ている陽太郎の目とあった。陽太郎は一瞬びっくりとした。その男がこっちにやって来て、騒ぎ立てるような気がしたのである。
陽太郎と目があった男は、彼らの後ろで腕を組んでいる男に時々目をやっていた。彼らの中のリーダーらしかった。だぶだぶの服を着て、髪はぼさぼさだった。
リーダーらしき男の視線は陽太郎ではなく、黒いヒゲのサンタクロースを捕えていた。
陽太郎は黒いヒゲのサンタクロースとリーダーらしき男を交互に見た。周囲のざわざわした雰囲気と違って、ピンと張り詰めた緊迫感を、陽太郎は感じ取った。
突然、リーダーらしき男の表情が強張り、顔色が青白く変わった。すると、急にそわそわし出した。他の二人も、リーダーらしき男のうろたえに気付いた。
リーダーらしき男は仲間に近付き、耳打ちをした。すると、二人そろって陽太郎の方を見た。彼らの目は黒い髭のサンタクロースで二三秒止まった。その後、彼らは互いに顔を見合わせた。この瞬間、彼らの意見は一致したようだった。そうなると、彼らの行動は早かった。
「どうしたの?」
坂倉陽太郎は、三人が何か怖いものにでも出くわしたかのように逃げて行くのを見て、不思議がった。陽太郎はとっても不思議な動物でも見る目で、黒い髭のサンタクロースを見上げていた。
「さあね。しかし、君の友達のお父さん、良かったじゃないか。あのお父さん、頑張ったね」
「うん」
陽太郎は頷いた。もの凄く嬉しかった。
この時、正文のお父さん貞吉が黒いヒゲの男を見ているのに気付いた。貞吉は黒いヒゲの男に驚いていたようだった。そして、頭をこくりと下げた。
陽太郎は、
「ねえ、知っているの?」
返事はない。ただ、口元に笑みを浮かべていた。そして、黒い髭のサンタクロースは、陽太郎の肩に手を置いた。
「行こうか」
黒い髭のサンタクロースは、陽太郎の背中を押した。陽太郎は何度も振り返った。正文は、潰されたういろうをくやしい目で見ていた。でも、正文は弟の三夫と目が合うと、笑顔が戻っていた。それを見て、
「良かった」
と陽太郎は呟いた。
「何が良かったんだね」
黒い髭のサンタクロースは歩くのを止めて、聞いて来た。
「うん。僕がいるのに気付かなくて」
「そうかな。そうだな」
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