第12話

ショーウインドの中には母と女の子のマネキンがあった。

(ゆうには、仲の良い親子に見えた)

のだ。

母のマネキンは女の子のマネキンと手をつなぎ、笑いかけていた。女の子も見上げ、母の笑みに答えるかのように微笑んでいた。でも、その目は,母を見ずに、どこか遠くを見ていて、悲しそうな表情をしているように、陽太郎には見えたのだった。

(僕には、そう見える)

から、泣きたくなる。

「なかなか可愛い服だね」

「ねっ、可愛いよね、でも、女の子・・・何処か悲しそうなんだけど」

それでも、陽太郎は嬉しそうな目で、黒いヒゲの男を見上げた。

「そうか、そう見えるか、そうだね」

女の子のマネキンはフリルのついた白いブラウスに、ベージュのブレザーを着ていた。スカートは長く、淡いピンクの色をしていた。どこかのクリスマスパーティーに招かれているのかも知れない。見る人誰にもそう思わせるほどに、女の子の来ている服は可愛く、素晴らしかった。

「もっと嬉しそうにすればいいのに・・・」

「えっ!何か言ったか?」

陽太郎は、マネキンの女の子を田沢照美と重ね合わせていたのだ。悲しい顔は嫌だ。明るい目がいい。僕を楽しませてくれる笑顔がいい。

陽太郎は好きという気持ちを照美に言ったことはない。まだ、そのような態度をはっきりと表示していないのに、

(好きだと言えるのかな!)

陽太郎は少し首を下げ、言葉を失ってしまった。

「どうした?」

黒いヒゲの男の声はたくましかった。

「欲しいのか?」

陽太郎は頷いた。

「誰かにプレゼントをするんだな」

「うん・・・」

「こんなのをプレゼントするのは、もう少し大きくなってからでいいんじゃないのか!」

黒いヒゲの男はこんなことを言ったが、けっして少年を責めているのではない。少年の本当の気持ちを探ろうとしていた。

「違うよ。今だからこそ。今の照美ちゃんに、この服を着せたいんだ。そして、ほんの少しの間だけでいいから、僕と同じ楽しい夢を見たいんだ」

「夢!そうか、夢か。どんな夢を見たいんだ?」

陽太郎は自分の夢を話した。途切れることなく続く車の音に掻き消されてしまいそうな彼の声だった。それでも、彼は目を輝かせ、手振り身振りで

(すごいでしょう)

と満面で話している。顔に少しあかみが帯びている。

「そうか」

といった後、黒いヒゲの男は空を見上げた。

少しして、彼は目をつぶった。

(雪はまだか!)

彼は呟いた。雪は少し降っていたのだが、まだ足りない。彼は多くの雪を待っていた。その時こそ、彼が行動する時だった。

「そうか」

黒いヒゲの男はまた少年の頭に手を置き、二三度優しく振った。

「その子が好きなんだ。照美ちゃんって、言ったな。可愛い女の子か!」

「うん。とっても可愛い子だよ」

陽太郎は黒いヒゲの男を見上げた。

(初めて会う、黒いヒゲの男が・・・)

何だか、とってもたくましく見えてきた。

「だから、だから・・・」

「だから?だから、どうした?」

「だから、お母さんに買ってもらうんだ。そして」

「分かった。もう何も言うな。君のお母さんも喜んで、この服を買ってくれるだろう」

陽太郎は黒いヒゲの男の周りをまわり出した。彼は嬉しくて仕方がなかった。じっとしていられなかったのだ。何処からともなく現れた母の友達に、もの凄いたくましさと優しさを感じ、これまでこの小父さんとずっと一緒に暮らして来ているような気持ちになった。

こんな気持ち・・・彼はずっと昔(?)味わったことがあるような気がした。しかし、彼は、その昔が、いつなのか思い出すことが出来なかった。

「小父さん」

{何だ?}

少年の親近感を込めた語り掛けに、黒いヒゲの男は満足そうだった。

「名前、何て言うの?」

「名前!まだ、言ってなかったかな?」

「うん」

「そうか」

黒いヒゲの男は空を見上げ、もうすぐだなと呟き、

「小父さんの名前は、黒いヒゲのサンタクロースさ」

「黒いヒゲのサンタクロース・・・?」

「ぴったりの名前だろう」

黒いヒゲの男は声を出して、笑った。その声が余りに大きかったので、二人の横を通り過ぎて行く人が立ち止り、びっくりした顔で振り返った。


城倉陽太郎は、自分をサンタクロースという黒いヒゲをはやした男を、ちょっとだけ不審な目でにらんだ。やっぱり、何か変だな、という気持ちが消せない。黒いヒゲの中で、白い歯が笑っていた。

陽太郎は急に真顔になり、

「お母さんの友達って、言ったよね?」

「そうだよ」

「そうだとして、その小父さんが僕に何の用なの?」

「いい質問だ」

黒いヒゲのサンタクロースは陽太郎を見て、にこりと笑った。黒いヒゲの中に白い歯が見えた。

「君のお母さんの頼まれたんだよ」

陽太郎は素直に、そうかと思わなかった。そんなことがあるかも知りないが、やっぱりちょっと変だなとも思った。

お母さんは、富士見屋まで先に行って、そこで待っているように言っていた。用があると言っていたけど、何処へ行ったのか、陽太郎には全く思い当らなかった。その途中に、この黒いヒゲのサンタクロースに会い、何を頼んだのだろう?

「僕のお母さんは、小父さんに何を頼んだの?」

「陽太郎が寂しがるといけないから、同じにいてやってと言うことなんだ」

「僕が寂しがるって!そんなことを、お母さんが言ったの?おかしいな」

「何が、おかしいんだ?」

「だって、僕は今まで少しも寂しがったことは一度もないよ。お母さん、知っているはずなんだけどな」

「そうかな・・・」

黒いヒゲのサンタクロースは、本当に嬉しそうに微笑んでいる。


ういろうの専門店、虎屋の前に人だかりが出来ていて、ざわついている。何があったのか、逃げるように通り過ぎて行く人がいる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る