第8話
「ゆう。どうしょうか?」
城倉美千代は改札口を出ると、顔をきょろきょろとさせ、誰かを探している素振りを見せている。
「何なの?誰かを探しているの?」
去年も、母が不可解な動きをするのを、陽太郎は覚えていた。
美千代の答えは返って来ない。
「ねぇ、何か食べる?先に食事をする?」
素っ気なくいう美千代。
「もう、何かを食べるの?」
「もうって言わない。もう、そんな時間なのよ。去年は買い物をしてから食べたわね」
陽太郎は振り向いた。
駅舎の古時計は十二時を回っていた。
陽太郎はお腹に手を当て、ちょっとだけ考えた。
腹は全然空いていなかった。
美千代から聞いた九鬼龍作の事件に、陽太郎はまだ興奮していた。でも、今そのことを口に出す気はなかった。今はプレゼントのことだけを考えればいい、と自分に言い聞かせた。そのために来たんだから。
「お母さん」
「何?先に食べる?」
「違うよ。今年は、あのサンタさんからは何が届くのかな?」
「そうか。そっちが気になっているのね。そうね。今年は何だろうね?」
陽太郎の父である、あの人が、今年のクリスマスに何を届けて来るのか知らない。しかし、陽太郎が喜ぶプレゼントであることは間違いなかった。
(あの人は、これまでこの子に一度も顔を見せていないはず)
美千代はそう思っている。
だから、この子はあの人に、
(まだ会っていないはず)
彼女は確信していた。
(全く自分かってな人なんだから。私はそんなあなたが好きになったんだから・・・仕方がないか)
去年も一昨年もそうだった。私たちがクリスマスプレゼントを買いに行っている間に、こっそりプレゼントを家に届けている。
(そんなことで、この子に夢を与えているつもりなんだから)
美千代はこっそり家に早く帰って行って、あの人を待ち伏せして驚かしてやろう、とクリスマスが近づくにつれて思ったりもした。考えただけで、彼女は胸が躍った。でも、彼女はとてもあの人には全ての面で及ばないことを知っている。
(多分・・・私がそんなことを考えているのも知っているに違いない。あの人は子供だけでなく大人の人にも好かれたし、喜ばす術を知っている)
と彼女は想像、納得する。
(この町の何処かにあの人はいる。そっと、私と陽太郎を見守っている違いない。ねぇ、何処にいるの?))
と彼女は微笑む。
そんな想像するだけで、美千代は満足する。私があれこれ動き回ることは、あの人の楽しみを奪ってしまうのかな。
(そんなことはないわね)
でも、私があれこれ動き回るっていうのは、あの人の邪魔をすること・・・あの人が可哀想になってくる。それに、陽太郎の楽しみを奪うことにもなる。彼女はそう思い、その行動を思い留まる。
でも、美千代はその内あの人を驚かすつもりでいる。なぜなら、彼女も寂しかった。
(あの人に、会いたかった)
のである、九鬼龍作に。
駅前の人通りは多かった。家族連れが多く、そのほとんどがクリスマスプレゼントを買いにやって来ているという雰囲気があった。プレゼントを買いに行く人、終わった人がすれ違っている。どちらもニコニコと嬉しそうにしていて、歩いている。
もう買い終わったのか、大きな包みを、父親らしい人が持っている親子がいた。また、買ってもらったプレゼントの包みを抱き抱えている男の子もいた。
「みんな嬉しいんだね。男の子も女の子も、みんな同じ心を持っているみたいだね」
陽太郎は大人びたことを言った。
美千代はくすっと笑い、
「そうだね」
と言った。
駅前の噴水の前に来ると、飛沫が風に乗り飛んできた。
「冷たい!」
美千代はハンカチを取り、すぐに顔を拭いた。そして、陽太郎の髪も拭こうとした。
「お母さん、いいよ。そんなにかからなかったから」
といい、美千代の手を払いのけた。
陽太郎は、手で頭を二回撫でた。
「お母さん、あのサンタさん、誰なんだろうね?」
陽太郎は美千代に答えを求めた。彼女があのサンタの正体を知っているかのよう目だった。
美千代は、陽太郎から目を逸らした。
「知らないね。誰なんだろうね?でも、悪い人ではないよね」
美千代は、自分は嘘をつくのがへたなのを良く知っていた。
陽太郎の目は、母の嘘を見抜いていた。しかし、それ以上のことは何も知らないはずである。何処からもあの人の秘密の情報を手に入れることは出来ないのだから。
(私以外からは)
と美千代は息子に言いたかった。
駅前の十字路の信号を過ぎると、道幅は広い。以前はずっと狭かったから、古い街並みを知る人はすごく広くなったと思うに違いない。
「きれいになったね」
美千代は陽太郎に手を握った。
陽太郎は手を離そうとした。彼女は力を込め、息子の手を握り返した。
「そうかな?」
あの人みたいなことを言う、と彼女は思った。そして、顔を上げた時、彼女の目が止まっていた。
(あの人・・・)
間違いなく、あの人だ。彼女は確信した。
「何?お母さん・・・」
城倉陽太郎は母の視線の先を見た。
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