第6話
新聞の似顔絵を見ても、陽太郎は九鬼龍作という泥棒の顔を、自分の頭の中に浮かべられない。
「龍作おじさんって、こんな人なの?」
「さぁ、どうなんだろうね?」
美千代はこう答える。
「ゆう・・・会いたい?会って見たい?」
美千代は聞いてみた。
陽太郎は頷いた。
美千代は、ゆうをあの人に会わせたいと思った。
あの人のことだから、いつも何処かで、私たち・・・いやこの子の成長を見守っているに違いない。堂々と私の目の前で会わせたい。
(ゆうは、少しずつだけど確実に成長しているのよ、あなた)
今この瞬間のゆうを見せたい。彼女はこう思っている。しかし、あの人は何処にいるのか分からない。いや、そんなことはない。あの人がいる所は分かっている。でも、
(私が見つけるのはほとんど不可能。でも、あの人はもうじき、クリスマスプレゼントを持ってやって来る。来るけど、私には会おうとしない)
これまで、ゆうは、あの人だとは知らないで、毎年会っているようだった。
「龍作おじさんって、何処に住んでいるのかな?」
城倉陽太郎は美千代の黄色いコートを二回引っ張った。美千代は窓の外を眺め、また考え事をしているようだった。
「えっ、何?あぁ・・・何処だろうね。お母さんにも分からないのよ」
「龍作おじさんは、いつも一人でいるの?」
「違うよ。あの人にはたくさんの仲間がいるから、その人たちと同じにいるんじゃないの」
「たくさんの仲間・・・?」
陽太郎は聞き返した。
「そうよ、たくさんの人・・・あの人は自分を信じて集まってくれている周りの人々を優しく気遣うということもあって、誰もがあの人を信頼しているのよ。あの人は、たくさんの人を惹きつける魅力があるのよ」
「へぇ」
「少し前の彼の記事にはそんなことが載っていたことがある。それでなければ、彼のやることで説明がつかないことがあるのよ」〈この龍作の記事については、別の機会にお話しします〉
美千代は一人になると、あの人のことを考えていた。あの人は、確かに人を引き寄せる不思議な魅力のある人だった。
(人・・・確かに、人には・・・でも、人だけじゃない、いろんな動物にも好かれた)
あの人は、犬や猫、カラスや鷲や小さな鳥などと話せた。本当にバカバカしいのだが、そう思わざるを得ない状況を、美千代は何回も目にしていた。
さらに、
「あの人は何かをする時、そうね、盗みをする時に、いつも七人くらいの仲間集めるらしいの」
と美千代はいう。
「七人!どうして七人なの?」
美千代は少し首をひねり、陽太郎の頭を撫でた。
「分からないわ。七・・・どうしてなんだろうね。この事件では、何人の仲間を集めているの?あの・・・龍作おじさんのやることは、正直分からない」
美千代の本心だった。
九鬼龍作はM駅前にある噴水の前に立ち、駅前通りの商店街の方を見ていた。風はそれほど強く吹いていなかったが、鈴の形をしたモニュメントから吹き上がる水飛沫が、風に乗って彼の顔に吹きつけて来た。彼の口元を覆った黒いひげに水飛沫がくっついた。
彼はその水飛沫を吹き払おうとはしなかった。
「馬鹿な。そいつが九鬼龍作だ」
小原正治警視正は怒鳴った。だが、彼の言葉は冷静に聞こえた。しかし、彼の内心は苛立ち、誰構わず当り散らしたい気分だった。この男に、九鬼の正体を見破れというのは無理だった。小原警視正はその点自分でもよく理解していた。
奈良西若草署の取調室には尋問の刑事ともう一人の刑事がいた。そして、東京から急遽やって来た小原警視正もいた。尋問されているのは近藤という運送会社の三十歳の主任運転手だった。見るからに、気が弱そうな男に見えた。
この運送会社は、今度のゴッホの美術展の運搬を引き受けていた。
東京、名古屋と展示には何事も起こらなかった。何億もする絵画の運搬だから緊張感を伴っていたが、近藤はこのような仕事は初めてではなかった。それでも、後、奈良だけだと思うと、ほっとした気分になった。彼の相棒は小高幸雄という入社して三か月の男だった。小高の正体が、九鬼龍作だった。
「無理か?無理だな。俺でも入社したばかりの男を見て、すぐに九鬼だと見破ることは出来ないか・・・」
小原警視正は軽く頷いた。
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