第4話
この親子が住んでいるS町は、この県の中ほどにあり、二つの大きな市のちょうど中間くらいに位置している。そのS町は、東西に細長い地形の町で、二つの大きな市の間には、私鉄の駅が九駅あり、ちょうど真ん中がS駅だった。
そのS駅に着いた電車に、たった今美千代と陽太郎が駆け込み、乗ることが出来た。
「間に合ったね」
美千代は勢い良く座席に座り込んだ。強く手を引っ張られていた陽太郎は、美千代に抱かれた格好になった。
「お母さん、腕が痛いよ」
陽太郎の手首はまだ美千代にしっかりと握られていた。
「ごめん。ごめん」
美千代は手を離したが、陽太郎の手首は真っ赤に変色していた。彼女は陽太郎の手首を両手で優しく撫でた。
陽太郎は美千代に抱かれたまま、しばらく動かなかった。
そんな陽太郎に気付き、美千代は、
「どうしたの?」
と聞き、陽太郎の顔を覗き込んだ。
「何でもないよ」
陽太郎はもう少しそうしていたかった。抱かれている感覚が気持ち良かったのである。
美千代には今も時々抱かれたりしているから、その感覚ははっきりと彼の体に残っている。
しかし、彼にはもう一つ、はっきりとしないが、その感覚とよく似た気持ち良さが残っていた。誰かに抱かれている感覚だが、美千代の温かい感じがするのとは違う。だけど、彼はそれが何なのか、誰なのかはっきりと思い出せなかった。
陽太郎はその人(人だろうか?)に抱かれ、どこかの道を歩いていた。いろいろな店が並んでいた。人が多い。何かの祭りなのかも知れない。彼は、その人に何かを買ってとねだるわけでもない。その人に抱かれているのが気持ち良く、嬉しいようである。彼がもっともっと小さい頃である。
(その人の顔を思い出すことが出来ない)
ひょっとして、お父さんなのかもと陽太郎は考えたりもする。
お母さんに、
(僕、こんな夢、見たよ。その人、僕のお父さんなのかな)
と聞こうと思う。
でも、なかなか聞けない。
もし聞いて、
「そうよ。その人は、ゆうのお父さんなのよ」
という答えが返って来るのが怖かった。
(お父さんに会いたい。だから、そうであって欲しい。
やっぱりお父さんがどんな顔の人か知りたいし、抱かれた時どんなに気持ちがいいのかも知りたい。
でも、会うのも、知ってしまうのも怖い。もっと小さい頃、僕はもっと幸せだったに違いない。お母さんもいて、お父さんもいたんだから。僕はどっちに抱かれているんだろう。
お母さんでもお父さんでもいい。どっちでもいい。どっちでも幸せなんだから。
(お母さんは、僕のこんな気持ちが知っているのかな)
と美千代の顔を見上げる。
(ねぇ)
と陽太郎は声を掛けようとしたけど、陽太郎は声を出せなかった。美千代の目は、陽太郎を見ていなかったのである。また、何かを考えているんだな、と陽太郎は思う。
「ねぇ、ねぇ、お母さん。何を見ているの?僕を見てよ」
陽太郎は、美千代が手に持っているものを見た。それは、彼女が家を出る前に何十分も見ていた新聞だった。
「何?また、新聞を見ているんだ」
陽太郎は起き上がり、新聞に顔を近づけた。
「お母さん。何が書いてあるの?」
陽太郎は聞いた。彼もひまわりの写真を見てから、気になって仕方がなかった。
「面白い人のことが載っているんだよ」
「面白い人?」
美千代は頷いた。
陽太郎は首をひねった。不思議な生き者をでも見るように、陽太郎は美千代を見ている。美千代がとても嬉しそうにしている。こんなお母さん、陽太郎は見たことがない。
彼は新聞の写真を見た。一つは、黄色いひまわりがきれいに咲いている絵だ。だけど、美千代は、その横に載っているもう一つには、見たことがない似顔絵が載っていた。
「ねぇ、ゆう。九鬼龍作って、知っている?」
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