第3話

城倉陽太郎は母の美千代と二人で暮らしている。

毎年クリスマスが近付いて来ると、

(僕のお父さん、どうしていないのかな?)

と考える日が多くなる。

陽太郎には、父の記憶がほとんどない。

美千代に聞くと、

「ゆうのお父さんは今遠い所旅に出ているのよ」

という返事がいつも帰ってくる。美千代はそれ以上のことは言わない。

「いつ、旅にいったの?」

陽太郎は聞く。お父さんのことを考えだしたら、気になって仕方がない。

「ゆうが、赤ちゃんの時よ」

とだけ、美千代は答えてくれる。

だから、覚えていないんだ、と陽太郎は納得してしまう。陽太郎も五歳だから、素直に納得はしない。彼は思い切って、聞いた。

「いつ、帰って来るの?」

この質問には、美千代はいつもにっこりと笑い、

「それはね、お母さんにも分からないの。ゆうのお父さんはね、世界中のあっちこっちに夢を追って、旅をしているんだからね。多分、ゆうに話すだけのたくさんの夢の話を探すまでは帰って来ないと思うよ」

と言って、陽太郎の頭をこつんと叩く。

なぜお母さんが嬉しそうにしているのか、全然わからない。だけど、嬉しそうにしているんだから、何も心配する必要はないんだ、と思う。

でも、そう納得していても、ゆうは、どんななお父さんなのかなと気になる。

(だって、僕のお父さんだから)

「写真はないの?」

と聞くと、

「ないのよ」

と、すぐに答えが返って来る。

幼稚園の帰りの時間になると、お母さんばかりでなく、お父さんが迎えに来る家がある。

照美ちゃんはお母さんが迎えに来る。陽太郎と同じで、お父さんはいない。陽太郎も美千代が迎えに来る。他の子はお母さんが多い。

でも、時々、

(僕にも、お父さんが迎えに来ないかなあ)

とゆうは寂しくなることもある。

お父さんと手をつなぐ・・・どんな手をしているんだろう、

考えただけで、ゆうはワクワク気分になり、嬉しくなる。美千代・・・お母さんの手は柔らかくて優しい。

(お父さんは・・・?)

夢が消えてしまう。

(お父さん)

そんなに夢を追い掛けなくてもいいから、早く帰って来て欲しい。そして、旅した思い出をたくさん話して欲しいな、と陽太郎は思う。

(僕は一緒に遊びたいんだ。傍にいないから一緒に遊べない。それなら、お父さんの夢を見るしかないんだ)

そんな気持ちが強いからなのか、陽太郎はお父さんの夢をよく見る。

それはそれで楽しいんだけど、夢に出て来たお父さんの顔が無い。つるつるで、光っている。陽太郎は勇気を出して、

(お父さん)

と読んでみる。すると、お父さんは傍に来てくれる。でも、お父さんは笑っていないし、何もしゃべってくれない。

途中で怖くなって、陽太郎は目を覚ますんだけど、しばらくじっと天井を見たままで動くことが出来ない。

そして、少しすると、何だか悲しくなって来る。

陽太郎は泣かない。その気になれば泣いてしまうかも知れないけど、彼はじっと我慢をする。

なぜかというと、お母さんの気持ちを考えてしまうから。お母さん、お父さんのことを話す時、とっても嬉しそうに話す。本当に嬉しそうに見える。でも、本当の気持ちはかなしいんだ、と陽太郎はかってに想像してしまう。

(だって・・・)

と陽太郎は思う。

僕だって悲しいのを我慢しているんだもの。物凄く寂しいんだから。お母さんの気持ちも、僕の気持ちと同じに違いない。

陽太郎は、まだ開かない玄関を見て、もう少し待ってみようかと思った。だけど、お母さん、出て来るのが遅すぎる。彼は思い切って立ち上がった。

もうこれ以上待てなかった。早くクリスマスプレゼントを買いに行かなくてはいけない。僕の欲しいものが無くなってしまうかも知れない。

陽太郎は玄関を開けた。

(これで、何度目なのかな?)

忘れた。今度は、お母さんと呼ばない。美千代のいる部屋まで走って行く。声も掛けないで部屋に入ったら、怒るかもしれない。でも、いい。お母さんが早く来ないのが悪いんだから。

「お母さん!」

陽太郎は、ベッドの上に座っている美千代を見て、驚いてしまった。もうすっかり外出の支度は出来ていた。コーラル色のスカートに黄色いコートだ。陽太郎の好きな黄色の服を着ている。

「ゆう。もう、もうちょっと待ってよね。大丈夫よ。一つくらい電車を遅らせたって、クリスマスプレゼントは逃げて行かないから」

美千代はベッドいっぱいに新聞を広げていた。彼女は入って来た陽太郎を見向きもせずに、新聞の記事から目を離さなかった。

(お母さんは本当にきれい)

だと陽太郎は思う。普段のお母さんも好きだけど、化粧をし、ピンクの口紅のお母さんはもっと好きだった。

照美ちゃんは可愛い。陽太郎は大好きだ。お母さんはきれい。だから、大好き。大好きな人を悲しませたくない。陽太郎はそう思っている。

でも、お母さんは、こっちを見てくれない。

こんなお母さんは嫌いだった。

(ねぇ)

と甘えようとしたが、陽太郎は,口を閉じた。こんな時のお母さんに、何を言っても振り向いてくれないのを、陽太郎はよく知っていた。

だから、

「お母さん、何を読んでいるの?」

陽太郎はベッドに飛び乗り、新聞を覗き込んだ。僕の方を振り返らないんだから、すごい記事が載っているに違いない。陽太郎は、どんなことが書いてあるんだろうと想像すると、なぜかしら胸がドキドキした。

新聞には写真が二つ載っていた。その中の一つに、ひまわりがいくつも描いてある絵の写真があった。陽太郎はいくつあるのか数えてみた、気になったのである。

「十四本・・・あるよ」

「そうだね、気に入った!これね。これはね・・・ひまわり。家にあるのと同じ。こっちは絵だけど、まぶしいくらいきれいね。有名な人の絵なのよ」

美千代は新聞から目を上げ、箪笥の上にある置時計を見た。午前十一時二十五分だった。

「今度の電車には乗らなくっちゃね。何が書いてあるのかも後で話してあげるわ。時間が無いわ。急いで行きましょ」

美千代は見ていた新聞を折りたたむとバッグに入れ、立ち上がった。


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