第2話

みんなの楽しそうな声が聞こえて来る。お母さんにクリスマスプレゼントを買ってもらうんだとか、夜寝ていると、お父さんが、ベッドの上にプレゼントを置いているのを見たよとか言い、嬉しそうにしている.誰もサンタクロースからもらったと言っている子なんて、一人もいない。

(本当は・・・みんなの言う通りなのかな?)

と陽太郎は思うこともある。陽太郎だって、母の美千代に毎年クリスマスプレゼントを買ってもらうんだから。

(でも、でも・・・)

と、素直にうなずけない。

この時期になると、陽太郎は友だちに話したくてワクワクしてくる。

(ねえ、ねえ、ぼくだけのサンタクロースは、十二月二十四日にプレゼントをくれるんだよ)

こう考えるだけで、陽太郎の心はウキウキする。

陽太郎だけのサンタクロースなのである。まだ一度も会ったこともない。だからこそ、彼の想像は果てしなく広がって行く。

三日前も昼食を終えると、あかつき幼稚園の年長組では、いくつかのグループにわかれてあれやこれやと騒ぎ出す。陽太郎から少し離れた所では、四五人の子が集まり、サンタの本を真ん中に置き、クリスマスにもらうプレゼントの話をしているのが聞こえて来た。みんな嬉しそうに話している。お父さんやお母さんと一緒に買いに行くんだ、と自慢げに話している男の子もいた。

陽太郎は、りす組だった。あったかい陽射しが射し込んでいた窓際で、大好きな田沢照美ちゃんと二人だけでブロックを組み立てて遊んでいた。赤や白、みどりのブロックを継ぎ足していくと、いつの間にか、どこかの国の城みたいになっていた。その横には絵本があり、トナカイがひくソリに乗った白いヒゲのサンタクロースがいた。

照美は時々絵本のサンタクロースが気になるのか、ちらっちらっと見ていた。気になっているようだった。照美は黄色いブロックをつかんだ。

「僕はクリ・・・」

陽太郎はちらっと照美を見た。

「どうしたの?」

どこか寂しそうに見えたのである。

「ゆうくん、サンタさんからプレゼントをもらうの?」

照美は手に持っていた黄色いブロックをポイと城の一番上に継ぎ足した。今はブロックに興味はないらしい。

「えっ」

陽太郎はちょっと驚いた。たとえ照美ちゃんであっても、サンタがいるって信じているのを知られたくなかった。だから、サンタの話はしたくなかったのだけど。

「照美ちゃんは、サンタさんがいるって信じているんだね」

照美がにこりと微笑むと、すごく嬉しい。陽太郎は、彼女を見つめ返した。そして、陽太郎は思い切って、聞いた。

「サンタさん?いるよ。絶対にいると思う。でも、私の家には、まだ一度も来てくれないの」

彼女は目を沈ませて、寂しい表情をした。

陽太郎はこの時の照美の表情を、今でもはっきりと覚えている。時々、そんな彼女を思い出すと、自分の気持ちも沈んでしまうことがある。その度に、照美のそんな気持ちを自分の力で消し去ってやりたい、と陽太郎は思うのだった。

「いるよ。僕もいると思う。絶対にいるんだよ」

陽太郎は、いるんだよ、に力を込めた。そして、

「来るよ。きっと来るよ。サンタさん、今年は照美ちゃんの家にもね」

照美は、ゆうくん、ありがとう、というやさしい目で陽太郎を見つめた。


九鬼龍作は、駅前にある噴水の側に立ち、駅前通りの商店街を見ていた。冬の風は間違いなく冷たく、肌の突き刺す痛みがあった。しかし、龍作の濃く黒いひげがその痛みを和らげていた。風はそれほど強くなかったが、鈴の形をしたオブジェから吹き上がる水飛沫が風にのって。龍作の顔に吹き当たってきた。彼の口元を覆った黒いひげに、その水飛沫がくっ付いていた。

「遅い。もう、そろそろ来てもいいはずなんだが・・・」

龍作はどんよりとした雲を見上げ、降る雪の量がさっきより多くなっているのに気付いた。

「あの子と、いいクリスマス・イブを過ごせそうだ」

龍作は携帯電話を取り出し、二三秒見ると、すぐに閉じた。

「よし、これでいい。少しの手抜かりもない」

龍作は改札口に体を向け、待ち人を待った。



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