第2話 遭遇@正体不明

 部屋を出ると、目の前は展望ラウンジになっており、カーペット敷きの床から天井まで景色を遮るものはなく、宇宙が広がっていた。大人や学生たちが窓ぎわで立ち話をしている。

「窓から見る宇宙のほうが、やっぱりいいわね」と、琴音は窓ぎわへと近づいた。

「こっちは大丈夫なんだ?」

「だってさっきのは、床がなかったでしょ? そもそも床を消す必要なんてある? どうしてキアラは怖くないのよ。双子なのに不公平だわ」

「そう言われてもなあ」

「ま、いいわ。お姉ちゃんにも苦手なものがあるってこと」

「いっぱいだね、苦手なもの……」

「なにか言った?」

「あ、いやなにもぉ――あ、そういえば、シンディせんせいが言っていた移民船ってあれだろ?」

 キアラはごまかすように、遠くにぽつりぽつりと見える船影を指差す。

「うん。この船を除いてぜんぶで十一隻あるはずよ」

「一、二……」

 キアラは、琴音に言われてなんとなく数えはじめた。

「五、ろ……あれ?」

「どうしたの? 流れ星でも見えた?」

「ちがうよ。下のほう、遠くになにか光が見えたんだ」

「下って?」

「下は下だよ。鳥が翼を広げているように船が並んでいるだろ?」

 キアラは、さきほどの授業で見た地球の映像――大空に羽ばたく白い鳥を思い出していた。

 コロニーシップは、キアラと琴音が乗っているノルン=サン号を先頭に、V字型で編隊を組んでいた。

「そうね」

「その下、遠くに見えない? さっきなにか光ったんだ」

「よくわからないわ」

 琴音は窓に手をついて目を凝らした。

「ちょっと待って――」

 キアラは右肩に背負っていたバッグを床に下ろすと、中から大きなスコープを取り出した。

「キアラ、それってばお父さんのでしょ。また勝手に持ちだしてダメじゃない。言いつけるわよ?」

「琴音だって、お母さんのお化粧どうぐ、使ってるじゃん」

「うぐっ……」

 押し黙ってしまった琴音をよそに、キアラはスコープをのぞき込んだ。さっき光った場所を見当つけて、拡大していく。

「なにか見えてきた……もうちょい……。――っ!」

「見つけたの?」

「うん。でもかなり遠いなあ……これ以上のズームも無理か――」

「ふうん。それでなにが見えたの?」

 キアラはスコープから目を離して言った。

「船かな? いや、なんかちがうな。なんだろ? とにかく琴音も見てみなよ、ほら――」


 琴音はスコープをキアラから受け取った。

 弟はなぜか微妙な表情を見せていた。

 まるで数日前に、お隣さんからいただいた〈スペースローチ漬け〉という珍味を口にした時の、なんとも不可解なものに出会ったときのような表情。「うへぇ、なんだよこれ?」という声が聞こえてきそうだ。

「……ん……どこ?」

 スコープをのぞくと灰色の移民船に青色のタグが付けられていた。

 スコープは移民船団のシステムネットワークとワイヤレスでつながっている。タグは、そのシステムネットワークから送られた識別情報をもとに、スコープによって付けられたものだった。

 ほかにも船名に相対距離、巡航速度といった情報が表示されていた。

「黄色のタグなんだけど、ない? アンノウンタグだよ」

「船団の下の方角で黄色……これね」

 黄色の矩形とUNKNOWNという文字が表示されてはいるが、それ以外にはなにも映っていない。

 そこで琴音は、黄色の目印を中心に拡大していく――。

「たしかに、よくわからないわね。もっと拡大できないのかしら」

 そう言って、スコープに付いているいくつかのスイッチを確認すると、それは見つかった。

「キアラ。ちょっと、これ見て。船外カメラ連携モードがあるじゃない」

「あ、ほんとだ」

「もう、今まで知らなかったの?」

「仕方ないだろ。ずっと持ち歩くわけにはいかないし、そんなに触るひまなんてなかったんだよ。だいたい見れればいいんだよ」

「そういうの知ってる? ヘリクツっていうのよ」

 隣で抗議するキアラをよそに、琴音は再び、スコープをのぞいた。

 隊列後方の艦のカメラにアクセス。

「さすがお父さんのスコープ。どのカメラにもアクセスし放題ね」

 やがて形がはっきりするや、琴音は硬直した。

 いったいどれくらい、それを見つめていただろうか。

「……ことね? 口が開いているよ」

 キアラの声ではっと我に返った。

 口の中が乾いていた。

 つばを飲み込み、スコープから目を離した。

「船じゃないわ……あれは……そう、浮遊大陸よ」

「ふゆう……たいりく?」

「キャプテン・ヴェガにも出てくるでしょ?」

「ん? ……ああ、言われてみればそうだ。そうだよ! 浮遊大陸だよ!」

 キアラがそう叫ぶと、

「ん、なんだ?」

 ざわざわと、まわりの大人たちの視線がキアラと琴音に集まった。

 琴音はキアラを睨めつけながら、しーっと自分の唇に人差し指をあててみせた。

 キアラは、ごめんと手を合わせるが、嬉しそうだ。

 もう、と言って琴音は再びスコープをのぞいた。

 やはり宇宙船には見えない。

 キャプテン・ヴェガの物語に出てくる空に浮かぶ大陸。その大陸には悪い神さまと悪い人間が住んでいて、地上を支配していた。

 キャプテン・ヴェガのことはさておき、スコープに映っている大陸は物語のそれとはだいぶ、異なっていた。

 まずはその大きさだ。以前、船の近くを通り過ぎていった小惑星よりもずっと大きい。

 授業で習った地球と同じくらい? いや、月だろうか。とにかく、とてつもなく大きいのは間違いない。

 そして、キアラが「船かな?」と言った理由。

 上半分は緑の大地。

 下半分は宇宙船の外郭――あきらかに知的生命体の手が加えられたものだった。

「そろそろ、僕にも見せてよ」待ちきれなさそうに急かすキアラ。


「返すわね。はい」

 琴音からスコープを受け取るや、キアラはのぞき込んだ。

「んー、たしかに浮遊大陸なんだけど、でもやっぱりあれは宇宙船だ。輪切りにした地球を上に乗せた宇宙船。すっげー」

「なにのん気なこと言ってるの。これは一大事なのよ」

 琴音が両手を広げてアピールする。

「なにがさ?」

「あのねー、あんなに怪しいもの、このまま放っておくわけないでしょ。なにかがいるかもしれないのよ」

 スコープから目を離すと、不安のこもった琴音の瞳と目が合った。

 そんな彼女の心配をよそに、

「なにかいるのなら、そうか! それってもしかしたら、あそこに住めるかもしれないってことだよな」

「もう、キアラって本当にお気楽なんだから」腰に両手をあて、「もしかしたら恐ろしいなにかがいるかもしれないってこと。でも宇宙には生き物はほとんどいないって、お父さんは言っていたし――」

「父さんたちはもう、あの浮遊大陸のこと知っているのかな?」

「お父さんはこの船の船長キャプテンよ。わたしたちでも見つけられたんだから、そうじゃないの?」

「ちぇー、ぼくが最初に見つけたと思ったのに」

「残念ね。それよりランチにしよ? わたし、もうお腹ペコペコ。あと、わたしたちがいま見たものはみんなには内緒よ。いい? ばれたらきっと大騒ぎになるんだからね」

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