吸血鬼

 幼い頃の光景を、今でもずっと覚えている。壊れた家。燃える集落。胸を刺された母。頭を潰された父。

 先代の、さらに前の魔王の時代。吸血鬼は魔族の主戦力だった。数も多く、戦闘能力もそれなりに高い。なにより人間の血を好み、飲めば体力を回復できるという体質は人間との戦いにうってつけだった。

 当時の魔王は力はあっても人望はなかった。いくつかの種族を力尽くで従えて魔王になり、むやみに戦を起こしては犠牲を増やしてくるような奴だった。

 吸血鬼も配下にされて、何度も人間と戦った。他の種族が何体もやられていく中で、吸血鬼だけはほとんどが生還した。

 その結果、当然人間に狙われ、魔族の間でさえ忌み嫌われるようになっていた。だから、こうなったのは当然の帰結だと今になってみれば分かる。


 ただ、当時の俺は全てを恨んでいた。同胞の屍を越え、帰る場所を失い、一人彷徨った。向かってくる奴は人間も魔物も黙らせて、その血を吸い、肉を食らって生き延びた。子どもでも種族の差というのはそれほど大きいのだ。

 それでも、ついに自分より強い相手と出会した。何をやっても倒せず、逆に一発殴られただけで地面に転がっていた。

「威勢の良いガキだな。気に入った」

「何言ってんだ、おっさん」

 それが先代魔王との出会いだった。おそらく、まだ今の幹部連中とは出会う前だったのだろう。一人で自由気ままに過ごしていた。


 俺もまた一人で行く当てもなく彷徨い続けた。その後も度々その男は俺のもとに現れた。会うたびに違う奴を連れていて、最後には今の幹部連中が揃っていた。

「俺は魔王になった。これから人間共と戦っていくわけだが、……お前も来るか?」

 珍しく少し躊躇って俺に聞いてきた。今にして思えば、俺の身を案じていたのだろう。同族を失った孤独を埋めてやりたい、でも仲間に引き入れたら今以上に戦わせることになる。そんな葛藤があったのだ。

 しかし、当時まだ精神的に子どもだった俺は頷いた。いつも自信満々で自由奔放だった奴が、口では誘いつつも本当は嫌がっている。だから嫌がらせのつもりで仲間に入った。先代の深いため息を無視して。


 結局、俺の出番は一度もなかった。俺だけじゃない、幹部連中も皆だ。分が悪いとみた先代は、さっさと勇者との一騎討ちで片をつけてしまったのだ。

 怒りに震える者。悲しみに暮れる者。託された子の世話に奔走する者。魔王によって繋がっていた者達はばらばらになりかけていた。

「この子を次の魔王にしよう」

 最初にそう言いだしたのは俺だ。元々はバッカスをと思ったが、あいつはきっと先代と同じことをする。

「お前、この子を次の勇者と戦わせるつもりか」

「そんなことはさせないわよ」

 当然、反対意見が出た。リンだけは健やかに生きていてほしい、と全員が思っていた。だからこそ魔王に相応しいのだ。

「戦うのは俺達だけだ。間違ってもリンが他の魔物に襲われないように。それと俺達がまとまるために必要なことだ。……伝承は、俺がなんとかする」

 俺の言葉を完全には信じてもらうことはできなかった。ただ他に方法もなく、結局リンを魔王とすることで意見は一致した。


 魔王が全ての魔族を統べる刻、異なる世界から一人の人間が現れる。其の者は魔を滅する剣を抜き、魔王と相見え、世界に平和が訪れる。


 平和のために、魔王の死は必要ない。

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