地下

 明かりのない闇の中、手探りで階段を降りる。王族が暮らす王宮とは思えない、嫌な雰囲気だった。

 一段下る度に地上の喧騒が遠ざかる。そして完全な静寂を越えて、今度は地下から物音が聞こえてきた。一人や二人ではない。もっと大勢が騒いでいる。

 一体この先に何があるというのか。好奇心と恐怖を抱いて階段を下った。


 辿り着いたのは広大な闘技場だった。四角いリングを囲むように席が並び、人々は皆中心を見て声をあげる。

「やれ! そこだ!」

「何してんだ。咬め、食っちまえ!」

 金でも賭けているのだろう。観客は白熱している。突如入ってきた俺に気づく者はいなかった。

「こんな娯楽があったとはな」

 身なりを見る限り、おそらく観客のほとんどは貴族だ。だがそれほど有力な家柄でもない。半端な立場に苛立ちを持った奴らがそれを発散するための場なのか。

 だとしたらここに用はない。三流貴族をいくら仕留めた所で大勢は変わらない。狙うべきは王族や有力な貴族に軍の上層部、勿論勇者もだ。

「さっさと戻るか。シンク達は撒いたことだし……、っ!」

 思わず息を飲んだ。俺の視線は他の奴らと同じく中心のリング。信じられないものを見てしまった。馬鹿げている。こんなことが有り得るのか。

 リングにいたのは、魔物だった。

 首輪を付けられた二匹の魔物が殺し合っている。引っ掻き、噛みつき、血を流す。一方は狼のような獣型、もう一方は昆虫のような姿だが大きさは狼と変わらない。

 どちらも知性はないようだ。鉄格子のリングを壊すよりも目の前の相手を倒すことを優先している。

 その時、脳裏に以前殺した奴らが浮かんだ。ケルベロスとスライムを捕らえていた人間達。奴らの行き着く先がここか。

「要らねえな」

 剣を抜く。まだ誰も気づかない。

「こんな場所も、こんな人間も」

 全部要らない。いなくなればいい。壊れてしまえばいい。怒りと共に剣が膨れ上がる。

 さすがに異変に気づいた人間達が驚き慌てる。熱気に包まれていた空間に動揺が広がる。

「食らえ……!」

 なす術なく固まる人間に向けて剣を振り下ろす。


 しかし、俺の剣は激しい金属音を立てて止められた。止めたのは同じくらい巨大な剣だ。その剣を辿った先にいたのは。

「やっと会えたな。……勇者」

 勇者は剣を引いて元の大きさに戻す。周囲の人間は安心して逃げ始めた。対照的に勇者の顔は蒼白だった。

「なんで、魔物がここに……。本当にあいつの言ったとおりなのか」

 ぶつぶつと何かを呟いて俯いている。さっきのは反射的に動いただけのようだ。だが咄嗟に魔法を使って俺の剣を受け止めたところを見るとやはり強くなっている。精神が不安定な今のうちに仕留めておくべきだ。

 もう一度剣を振り上げようとした時、腕を掴まれた。

「待て。今は引くんだ」

 俺を止めたのはゼクスだった。

「お前、なんでここに……」

「お前を探しに来たんだ。いいから、とにかくここを出るぞ」

 ゼクスが魔力の弾を撃ち、壁と天井を破壊する。その破片を階段代わりにして、ゼクスが俺の腕を掴んだまま上へ向かった。




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