襲撃

「また貴族が殺されたらしいぞ」

「またかよ。一昨日、軍の将校がやられたばかりだろ」

 王都に近い街の路地裏にひっそりと店を構える酒場。俺は程良く酔っ払った男達の会話に耳を傾けていた。


 魔王城を出た俺は自力で山を降り、大陸を渡り、王都近辺までたどり着いた。そして軍の上層部に位置する人間を探した。本当は勇者を見つけ出して決着をつけたかった。そうすれば全て終わりなのだから。

 だが勇者の居場所を知る者はおらず、仕方なく標的を変えた。利権や勲章欲しさに戦争を助長する貴族や軍人だ。奴らを狩れば魔王城への侵攻を遅らせることができる。その上、勇者の居場所を知っている可能性が高い。

 酒場で酔っ払い共が話しているのは俺が起こした事件だ。俺がここに着く前の件はまた別だが。

「……そろそろ行くか。おい、お勘定置いとくよ」

「あいよ、毎度!」

 店主の言葉を背中に受けつつ、俺は店を出た。

 これ以上、有用な情報は得られない。やはりあそこに挑むしかないか。


 闇夜に紛れ、王都を訪れた。屋根伝いに移動して王宮の傍まで迫る。

「警備は変わらず、か……」

 辺りが暗くなっても王宮の周りはぐるりと兵士が囲んでいた。遅くまでご苦労なことだ。

 俺は街中で拾った瓦礫を右手に持って魔力を込める。俺が使える魔法は剣を大きくするものじゃない。物質の巨大化だ。つまり、剣である必要はない。

 瓦礫が俺の体と同じくらいの大きさまで膨れ上がる。強化の魔法が無ければ到底持てない大きさだ。狙いは正面。

「おらぁ!」

 俺が投げた巨大な瓦礫は王宮の入口に突っ込んだ。凄まじい音を立てて門を破壊し、土煙が上がる。

「なんだ、何があった!?」

「隕石、いや、敵襲か!?」

 兵士達が慌てて入口に集まる。警備兵も、まさかここを狙う敵がいるとは思わなかったのだろう。こんな時こそ落ち着かなければならないのに、王宮の中からも次々と兵士が出てきた。

「訓練不足だな」

 この隙をついて反対側に回る。扉が無くとも壁を壊せばいい。なにせ咎める奴らはそこにいないのだから。


 無事に王宮内への侵入を果たした。問題はここからだ。内部の構造は俺にも分からない。勇者がどこにいるのか。警備の状況はどうなっているか。幸い近くには誰もいないが、正面入口の騒ぎは聞こえているだろう。とにかく一度身を隠さなければ。

「やはり貴方でしたか」

「……シンク」

 隠れ場所を見つける前に見つかってしまった。何度も見た、忘れようのない顔。勇者の次に嫌な相手だ。

「てっきり死んだと思ってたんだがな」

「私も死んだと思いましたよ。というより、兵士としては死んだも同然です」

 シンクは自嘲気味に笑う。その両腕には包帯が巻かれ、力が入っていないように見える。もう動かすことはできないのだろう。

「それなら黙って見過ごせばいいだろ。……さすがに声かけられたら、こっちも無視はできねえよ」

 剣に手をかける。どういうつもりか知らないが、放っておくわけにはいかない。だがシンクは平然と話し続けた。

「分かってますよ。今の私ではどうすることもできません。だから……」

 突然鎧を身に纏った兵士達が現れる。数は四人。おそらくシンクの部下の精鋭だ。まともにやり合っていたら他の兵士まで集まってくる。

「腕が壊れても厄介な奴だな!」

 背を向けて駆け出し、ついでに横の壁を斬って壊す。

「シンク様、お下がりください」

 破片が飛び散って敵が足を止めた。シンクの息の根を止められないのは残念だが仕方ない。強化した脚力でひたすら走った。

 逃げる途中、地下へ続く階段を見つけた。どこかの部屋に入るよりは安全か、と思うより早くその階段を下る。微かに血の臭いを感じる。以前、ゼクスと共にケルベロスを助けた日のことをなぜか思い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る