家出
あれから二週間が過ぎた。
二人の仲間を亡くし、一人が離れていった魔王城に以前の騒がしさはない。朝の食堂にも活気はなく、リンも静かに入ってくる。
「ゴブリン、おはよう」
「おはようございます。魔王様」
「朝食、もう出来てるの? じゃあアニーに持っていってあげる」
リンは一応立ち直った。元の明るさにはまだ及ばないが。まだ全然立ち直れずにいるアニーの世話を焼こうとするのは、今まで散々世話をしてもらった恩返しか、それとも魔王としての自覚が芽生えたか。もしくは、何かしていないと耐えられないかだ。
「敵の動きはどうなっている?」
「まだ攻めてくる様子はありません。ルージ大陸まではロックの能力でも見えませんが、船の調達と部隊の再編成に時間がかかっているのでしょう」
「それまでは無駄な戦いはしない、か」
それっきりゼクスは黙り込んだ。その先は分かっている。準備が整えば奴らは今度こそこの大陸へ向かってくる。そうなれば我々に勝ち目はない。いや、そもそもまともな戦力がゼクス一人となった時点でもう終わったも同然だ。この仮初の平穏は最後の休息にすぎないのだ。
「せめてユーマに戻ってきて戻ってきてもらえれば……」
「ユーマ、まだ帰ってこないの?」
つい口をついて出た言葉に、ちょうど戻ってきたリンが反応した。リンには、ただ遠出しているだけだと伝えている。インベルに続いてバッカスまで失ったのに、この上ユーマが出ていったなんて言えなかった。
私がどう伝えたものかと考えているうちにゼクスが割って入った。
「大丈夫だ。俺が連れ帰ってくる。だから大人しく待っていろ」
「うん、分かった。約束だよ」
「ああ」
リンが素直に頷く。この二人の会話はいつも奇妙だった。ゼクスは他の者と話すときとは違って、少しだけ優しく、言い聞かせるように話す。リンも余計なことは言わず、大人しく従う。ゼクス以外には言い返したり不満を露わにしたりすることも多いが何かあるのだろうか。
ゼクスが食堂を出た後、良い機会だと思ってリンに言ってみた。
「ゼクスには素直ですね」
「そうかな? でも、約束って言ってたから」
「約束?」
「あ、今の無し! 忘れて!」
リンが急に慌て始めた。何か悪戯を隠そうとしている時の顔だ。
「……リン。ちゃんと話しなさい」
目を逸らすリンがビクッと肩を震わせる。私が最後にリンと呼んだのは二、三年前のこと。たしかあの時も何か悪戯をして……。
「城を抜け出そうとした時、ですか」
「うっ……」
当たりだ。城から出ないようにと日頃から言い聞かせていたのに、ついに好奇心に負けてこっそり抜け出そうとした。途中で気づいたから良かったものの、城の外は全く舗装されていない獣道で幼い子どもが歩き回れる環境ではない。
だからきつく叱った私を諫めたのはゼクスだった。
「……あの時、ゼクスと約束したの。いつか私も城の外に連れて行ってって。それから何日か経って、本当に外に出してくれた。海を見たり、ゼクスの角を隠して街に行ったりして」
そういえばあの時以降、外に行きたいと言わなくなった。てっきり私の言ったことを分かってくれたと思っていたのに、まさか本当は外に出ていたとは。今更になって子育ての難しさを実感した。
「だからね、ゼクスは約束って言ったらちゃんと守るから。家出したユーマを連れて帰ってくるの」
リンは一片の疑いもなく言い切った。さすがにただの遠出とは思っていないようだが、家出というのもなんだか可笑しい。
しかし、そう上手くいくだろうか。ロックが見つけられないとなると、もう人間の領土まで行ってしまったのかもしれない。メルが手助けしていない以上、転移は使えないはずだ。だがユーマには身体強化の魔法がある。あれを使えば、二週間で大陸を横断することも可能だろう。
人間の中に紛れてしまったらゼクスでも見つけられないのではないか。私もこんな、あからさまに魔族だという見た目でなければ探しに行けるのに。
……結局、リンに倣って信じるしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます