別離
「どうして俺達だけ戻した! バッカスが残るなら俺も……」
「だめ。バッカスは、最初からそのつもりでいたから。ユーマまで死なせるわけにはいかない、って」
「なんだよ、それ……」
転移が終わってすぐに会議室に向かい、バッカスの最期を見届けた。全力で戦い抜いた、立派な最期だった。きっとこれがバッカスの望みだったのだろう。分かっていても、言わずにはいられなかった。
「どいつもこいつも、満足そうに先に逝きやがって……」
誰かがやらなきゃいけないなら、新入りで付き合いの浅い俺が死ぬべきだったんだ。復讐を成し遂げるまで死ぬつもりはないが、それでも他の奴らを死なせるよりはマシだ。
「……悪い。先に部屋に戻る」
ここにいても八つ当たりしてしまいそうで、俺は一人会議室を出た。
ユーマが出ていった後、長い沈黙が続いた。こんなとき、真っ先に何か言うのはいつもバッカスだった。意外と気配りができて、名案が浮かぶような頭は無くともきっかけを作ってくれる奴だった。
「リンはどうしてる?」
「まだ眠ってるわ。よっぽど泣き疲れたみたいね」
「アニーもだけど、さすがにそろそろ何か食べさせないと」
「悪いがそちらは任せる」
俺では優しく話すなんて器用なことはできない。ラウラとメルに任せた方が賢明だ。
「ユーマはどうしますか」
「俺が話をする」
ゴブリンは俺の答えを聞いて小声になった。
「……ゼクス。あの話をするのですか? 今のユーマが納得できるとは思えませんが……」
「分かっている。だが今のうちに話しておかなければならないだろう。もう前線で戦えるのは俺とあいつくらいなんだ。どちらかが死んでからでは遅い」
俺がユーマを魔族側に引き入れた理由。これまで前線に出ずにやってきたこと。そして最終的な目的。
全てを話すため、俺はユーマの部屋へ向かった。
「俺だ。入るぞ」
一応ノックをして、返事を待たずに扉を開ける。部屋の明かりも点けないままユーマはベッドに腰掛けていた。無造作に剣を放り出し、血のついた服も着替えていない。部屋に戻ってからずっとそうしていたのだろう。
「……なんでこんなことになったんだ」
ぽつりとユーマが呟く。やっと言いたいことを吐き出したと思ったら、次々に捲し立てた。
「俺はただ、あの勇者に、俺を捨てた人間達に復讐したいだけだった。ここに来てから、一度もその目的を忘れたことはなかった。勇者と対峙する度に怒りが湧いて、人間を倒すことに喜びさえ感じた。それでいいと思ってた。もう俺にはそれしかないから。なのに……」
そこで言葉を切った。その先は言わなくても分かる。インベルとバッカスの死を、悲しむなんて思わなかったのだろう。ここまで心を揺さぶるなんて想像もしなかったのだろう。
「やはり、お前を仲間に引き入れたのは正解だったな」
思わず口に出していた。その言葉にユーマが眉をひそめる。
「……なんでだよ。結局、俺がいても変わらなかったじゃねえか。あいつらを、助けられなかったじゃねえか」
そう言って項垂れる。俺は最低な奴だ。こんなに落ち込んでいる奴に、これからさらに非道いことを話そうとしているのだから。
「本当にお前が必要なのはこれからだ。いいか、……」
それでも、もう後には引けない。俺は全てをユーマに話した。
「……、以上だ」
「ふざけんじゃねえ!」
ゼクスが話を終える。途中まで全く意味が分からなかった。最後には全て理解して、怒りだけが残った。
「お前は、初めから、そのつもりで……」
「そうだ。初めから考えていたことだ」
激昂する俺とは反対に、どこまでも冷静にゼクスが答える。
「……なんでだよ。お前は俺の怒りを、悲しみを、分かってくれてたんじゃないのかよ! 復讐したくないのかって、言ってきたのはお前だろうが!」
「ああ、そうだ。お前の気持ちを利用した。必要だったんだ。お前の存在が」
思わず剣を掴んだ。振り上げ、ゼクスを睨みつける。だがゼクスは動こうとしない。斬られるのならそれでもいいという顔だ。数秒睨み合った後、俺は力なく剣を下ろした。そしてゼクスの横を通り過ぎて部屋を出る。
「……勝手にやってろ。俺も勝手にさせてもらう。お前の考えには乗らない」
それだけ言って、振り返らずに歩く。
この日、俺は一人で魔王城を出ていった。
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