赤鬼
いつ以来だろう。一人で戦うのは。
赤鬼に生まれた俺は、常に大勢を相手に戦ってきた。単純な強さ、堅さで勝る者はいないと言われる種族故に、一人で挑んでくる者などいなかった。
「かかれ! 反撃の隙を与えるな!」
シンクの指揮で人間がこちらに向かってくる。そう、ちょうどこんな具合だった。
毎日毎日戦って生きてきた。次第に一回当たりの人数が増えて、それでも勝ってきた。
そんなある日、同じように人間と戦っている奴がいると風の噂で聞いた。興味本位でそいつを見に行ったのが先代との出会いだ。
「強え奴がいるってのは、お前のことか?」
「なんだ。人間共の次は鬼が相手か。いいぜ、来いよ」
そいつが何の種族だったのかは聞かなかった。ただ向かい合っただけで、強いことは分かった。それが自分より上なのかどうか。その一点を確かめる為だけに俺はそいつと勝負した。
そして生まれて初めて、一対一で負けた。いや、敗北自体初めてだった。そいつも随分ぼろぼろだったが、最後まで立っていたのは奴の方だった。
「……ふ、ハッハッハ! なんなんだよ、てめえは」
全力で、本当に全てを出し切って負けて。なぜかそれが心地良くて笑った。そいつは怪訝な顔をしていたが、やがて俺にこう言った。
「なあ、兄弟。俺と一緒に来い。退屈してんだろ?」
差し出された手を握って立ち上がる。この時から、先代は俺の兄貴分となった。
そいつの所にはいろんな奴が集まった。多様な種族、珍しい悪魔や堕天使に加えて人間まで。
そんな奴らが認めて、そいつが魔王となった時、俺はこいつらの為に命を燃やそうと決めた。
それなのに、先代はその機会を与えちゃくれなかった。
人間との戦争が激化し、魔族が徐々に追い詰められた頃。それでも俺達が、俺と先代が本気を出せばどうにでもなると思っていた。敵が何人いようが関係ない。先代が一言指示してくれれば俺がなんとかしてやる。そう思っていたのに。
先代は一人で勇者と戦い、死んだ。人間の赤ん坊を守って。
「ふざけやがって。俺はまだ負けてねえぞ」
先代が死んだ後も、俺は戦いを続けようとした。だが俺に着いてくる者はいなかった。皆、敗北を受け入れてしまっていたのだ。
「魔王様を失った以上、俺達の負けだ」
「今は人間への仕返しよりこの子の面倒を見なきゃ。魔王様が守った命なんだから」
人間達を苦しめた魔族が、人間の子ども一人育てるのに手一杯だった。それは魔王を失った悲しみから目を逸らしたかっただけなのかもしれない。
それでも俺は忘れない。戦うことすらできずに敗北した怒りと遣る瀬無い気持ちを。
「お前は俺みたいになるなよ」
不器用に赤ん坊の頭を撫でる。赤ん坊はぼーっと俺を眺めた後、突然笑い出した。
「……あーかす。ばーかす」
その子が喋った。不器用に、下手くそに、俺の名前を呼んだ。ろくに世話もできない、頭を撫でてやることしかできない俺の名前を呼んで笑った。
その時、俺はひどく自分が小さい男に感じた。そして俺は、先代の強さではなく器の大きさに惹かれて着いてきたのだと気づいた。
だから俺はリンや仲間のために戦うことにした。そのために、ここで敵を減らさなければならない。
「この赤鬼の首、奪れるもんなら奪ってみろ!」
力を振り絞り、目の前の人間共を殴り飛ばす。俺の怒号と仲間が遠くまで飛んでいく様を見て、後ろの兵士達が怯んだ。
その隙に、俺は力を出し尽くす。体は一回り大きくなり、肌は赤黒く変色する。
「お、鬼だ……」
「勝てるわけねえ……」
恐怖し、後ずさる奴らに拳を振る。当たった奴は勿論、近くにいた奴らも風圧で吹き飛んだ。
「野郎、こっちだ!」
声のした方を向き、咄嗟に回避する。勇者の剣が俺の脇腹を掠め、紫色の血が流れる。
「そんなもんかよ、勇者様よぉ!」
この程度で倒れていられるか。アニーやインベルの痛みを奴らにも味わわせるまでは負けられない。
近くの兵士を殴り、蹴り、倒し続ける。その間に槍を突き立てられ、魔法を食らう。痛みはないが一瞬足が止まった。
「今だ!」
背後から迫る勇者の気配を感じて身を捩る。腕を斬られた。問題ない、これもかすり傷だ。
「はあ!」
さらに正面からシンクが跳躍する。顔を狙っているのか。さらに体を傾けるが、片方の短剣が左目に突き刺さった。骨や筋肉は貫けなくとも、眼球はそうはいかなかった。まあいい、一つ残っていれば十分だ。
「あのふざけた奴らを連れてきたのはてめえだな」
魔法が解けた瞬間にシンクを捕らえる。両腕を掴んで持ち上げると、途中で折れて動かなくなった。
「……ええ、あれは私の罪です」
それを聞いて、完全に頭に血が上った。右手でシンクの首を掴み、投げ飛ばした。シンクの体は残った右目で見えないほど遠くまで飛んだ。
これで、少しは借りが返せたか。
「う、ぐああ!」
気を抜いた一瞬。俺の腹を一本の剣が貫いた。もう何度も見た、勇者の剣だ。
「撃て、撃てー!」
さらに魔法が、槍が、沢山の剣が俺の体を襲う。力が入らない体は躱すこともできずに全ての攻撃を受け続けた。斬られ、刺され、傷口を燃やされる。自分でも見たことのない量の血が溢れた。
「誰か、シンクを探して手当てを! 急げ!」
もう刺す場所もないほど体中に穴を開けられた俺を置いて、奴らは退却した。俺は霞んだ右目を、ゆっくりと閉じる。
……残り、五十人くらいか。俺もまだまだ弱えなあ。悪い、兄弟。俺はやっぱりこんなやり方しかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます