敗戦

 俺とバッカスが戻ったときには何もかも終わっていた。メルとラウラも戻っていて、ゼクスや他の奴らもいて。インベルとアニーはいなかった。

 アニーはひとしきり泣いた後、何も言わずに自室に篭ったらしい。一応薬は受け取ったから大事には至らないだろうけど、右翼はもう治らず、二度と飛ぶことはできないだろう。

 そして、インベルは逝ってしまった。アニー達の哀しみを余所に、一人満足そうにしていたらしい。

「畜生、奴らそこまでしやがるのかよ!」

「信じられない。同じ人間を滅茶苦茶にしてまで勝ちたいなんて」

 バッカスとラウラが怒りを露わにして酒を飲み干す。

 ゴブリンから話を聞いた俺達は、重苦しい空気に耐えかねてバーカウンターのある部屋に来ていた。リンが泣き続けていたのが気がかりだったがメル達に任せることにした。正直、俺達も相手をしてやれる心境じゃない。

「ユーマは知らなかったの? 人間の軍隊のことは私達より詳しいでしょう」

「勇者は軍に所属しているわけじゃないが、それでもそんな部隊があれば耳に入ってきたはずだ。多分、悪魔対策で急造したんだろう」

「主戦場はあの二人にばかり任せていたせいだ。もっと早く気づくべきだった」

 珍しくゼクスも険しい顔で言った。そんなゼクスにバッカスが噛みつく。

「お前は何してたんだよ。いつもいつも戦いにも出ねえ、城にもいねえ。お前がそんなだから……」

「バッカス。やめなさい」

 ラウラが制して、やっとバッカスが口を噤む。ゼクスが普段どこで何をしているか、ラウラは知っているのだろうか。

「すまなかった。今後は俺も戦線に加わる。今までの仕事も大体終わったからな」

 こいつが素直に謝るのも珍しい。一応責任は感じているということか。

「だけど、この先どうする。奴ら、多分すぐにでも……」

 と言いかけたところで扉が開いてゴブリンが現れた。

「皆さん、すぐに会議室へ」

 悪い予想が当たってしまった。


 会議室に移動して席に着く。アニーとインベル、そしてリンの席は空いたままだ。

「さすがにリンも休んでるか」

「ええ。とりあえず休んで頂けるだけでも安心です。先程まで泣き続けていましたから」

「押しつけて悪かったな」

 ゴブリンは無言で小さく首を振った。冷静にしてはいるが皆が取り乱していることも理解してくれている。

「それでは本題に入ります。早速、人間が侵攻の準備を始めています」

「ついにこの大陸まで攻め入ってくるか」

「ええ。大船が三隻、小船は数えきれません。一度上陸されて魔法陣を作られたら、後は時間の問題でしょう」

 このヤンク大陸にある魔法陣は、メルが作った城の中のものだけだ。俺達が転移魔法を使っていることから、人間側も魔法陣の存在は気づいているはずだ。そこへ転移しないのは、この大陸のことも魔法陣の場所も分かっていないからだろう。いきなり敵陣に飛び込むような馬鹿な真似はしてこない。

 ただし、それとは別に魔法陣を作られたら。兵士を送り込まれ、いずれ城の場所を突き止められる。そうなればここが最終決戦の舞台となるだろう。

「なら、その船も人間共も全部ぶっ潰す。それでいいだろ」

「勿論、可能ならそれが一番良いのですが。正直厳しいですね」

 ゴブリンがロックに合図し、勢力図からある映像に切り替わる。それは絶望の光景だった。

「なんだよ、この数……」

 先の戦闘が行われた、更にその先の海岸。かつてない数の人間達が立っていた。その全員が武器と防具を装備した軍人だ。あの人数が、この大陸めがけて攻めてこようとしている。

「勝てないだろうな」

「おい、ゼクス。今何つった?」

 バッカスが立ち上がり、ゆっくりとゼクスに向かっていく。怒りを露わにしたバッカスが目の前に立ってもゼクスは座ったまま冷静に答えた。

「数が違いすぎる。それにあれは罠だ。海沿いに陣取っているが、ラウラを警戒して距離を保っている。もうラウラの攻撃範囲もおおよそバレているだろう。そうなると戦えるのは俺とお前、ユーマ、後は近くの魔物達だけだ」

「だから尻尾巻いて逃げようってのか?」

 俺もゼクスが言っていることは分かる。今の俺達に対して、数でのごり押しがどれだけ有効か。

 それでも俺は。

「逃げないさ」

 ゼクスがはっきりと言い切った。いつも通りの薄ら笑いを浮かべて。

 俺とバッカスも目を合わせてニヤリと笑う。これから負け戦に赴くと分かっていて、それでも俺達は覚悟を決めて笑った。

「狙いは敵の船だ。それから雑兵共を片付ける。勇者やシンクとか言う奴が出ても相手をするな。いくら強かろうが、頭数が揃わなければ出航はできない」

「雑魚を蹴散らしてさっさと退却か。全滅させるよりは、まあ現実的だな」

 ゼクスの策に乗ることにして、話はまとまった。

 この戦いの果てにどうなるか、少し考えれば分かるはずだったのに。俺はまた気づかずに間違える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る