墜落

 一秒毎に死が迫りくる。インベルを抱えたまま飛び回って砲弾を避け続けるのも、すぐに限界を迎える。分かっていても離すつもりはない。どうにか二人で逃げきらないと。

「アニー……。もう、降ろして。逃げて……」

「だめ。絶対、離さないから!」

 弱気を振り払うように叫ぶ。すぐ近くを砲弾が掠めていく。辺りの地面はもう穴だらけになっている。私にも魔法が使えれば今すぐ転移で城に戻るのに。助けたい人の前で、悪魔はなんて無力なんだ。

「きゃあ!」

 背中に衝撃を受ける。避けきれなかった。いや、そもそも無茶だったのだ。襲いくる砲弾を全て躱し切れるはずがなかった。

 よろよろとバランスを崩しながら落下する。左は無事だが右の翼は半分も残っていないのが感覚で分かった。

「ごめんね。痛かったよね」

 腕の中のインベルに話しかけるが返事はない。今の衝撃のせいか、気を失っていた。大丈夫、まだ息はしている。

 だが砲撃はまだ止まない。ふらふらと不規則に落下しているのが幸いして、砲弾は全て外れている。ただ躱しているわけではなく、偶然逸れているだけだ。そしてそれももう終わる。

 地面に足が着いた。さらに膝から崩れる。もう飛ぶことも、立ち上がることさえできない。

 ああ、これで終わりなんだ。諦めて空を見上げる。二人で自由に飛び回った空は砲弾に埋め尽くされている。もう綺麗な空を見ることはないのだろう。

 覚悟を決めたその時だった。

「お待たせ」

 突然メルが現れて、私達の周りに半球状の膜を出す。その膜は砲弾を次々弾き返した。

「メル。インベルが……!」

「分かってる。遅くなってごめんなさい」

 私達の足元が光り出す。転移魔法だ。やっと、皆が待つ城に帰れる。


「アニー! インベル! 血が……」

「魔王様、下がってください。ロック、薬と包帯を!」

 城に戻るとリンにゴブリン、ロック、レイと皆が転移部屋で待っていた。私とインベルが現れるとすぐに駆け寄ってきてくれた。

「私はいいから、インベルを……。早く……」

 ゴブリンがインベルに包帯を巻き、薬を飲ませようとする。でもその手をインベルが止めた。

「もう、いい……。無駄にするな」

「無駄じゃない!」

 私はゴブリンから薬を奪ってインベルの口に向けるが、それでもインベルは飲もうとしない。

「それは、アニーが飲んで……。怪我させて、ごめん」

「なんで謝るの!? 自分だってこんななのに!」

 最後の方はほとんど言葉にならなかった。私の顔は涙でぐちゃぐちゃになって、自分でも何が言いたいのか分からずに泣き続ける。それなのにインベルは満足そうにしていた。

「いいんだ。俺は……。アニーが助かったなら、いいんだ」

「良くない。なんでいつも、私のために無理して。初めて会った時だって」

「覚えてて、くれたんだな。俺はあの時から、君のために……」

 徐々にインベルの声が小さくなる。皆、私がインベルの言葉を聞き逃さないように黙っていた。

 インベルが震える手で私に手を伸ばし、私がその手を握る。

「ああ……。やっぱり、綺麗だ……」

 最後まで、インベルは優しく笑っていた。

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