廃人部隊

 俺とアニーはもう何度目かも分からない人間との争いに来ていた。

 戦いと言っても俺達は、能力で人形を生み出して地上で戦わせ、空から弓で追い討ちをかけるだけだ。敵が何人いようと、いや多ければ多いほどアニーが生み出す人形も数を増す。たった二人で、常に数の有利に立つことができるのだ。

「見えてきたね。インベル、お願い」

「ああ、分かった」

 俺はアニーに向けて魔力を送る。堕天して黒い翼を得た時から、俺は本来の能力を失い、代わりに別の能力を得た。アニーの能力を強化する、それだけの力だ。一人では意味がなく、アニーの為だけにあるこの能力が、俺の唯一の誇りだ。

「出来たよ。行こう」

 強化しても、悪魔の能力の発動条件は変わらない。人間に望みを問いかけ、返答を得る。はっきりとした答えでなくとも声を出させれば、心の奥底の望みを引き出し、歪んだ形で叶えることができる。

 だから俺達は空から気づかれないように近づき、不意打ちと共に望みを問う。それだけで全ての戦いを制してきた。

 今日も同じだ。この時まで、俺はそう思っていた。

 アニーが人間の軍隊に上空から少しずつ近づき、一気に距離を詰める。

「あなたの望むものは何?」

「え、うわ!?」

 真正面にいた一人の兵士が驚き、声をあげた。それに反応して周囲の兵士も騒ぎ出す。これで条件は達した。

 悪魔の能力で次々に真っ黒な人形が現れる。老若男女、中には犬や猫もいる。そしてその全てが人間達に襲いかかった。


 後方に控えていた私のもとに伝令が届く。

「シンク様、悪魔が現れました。すでに例の人形が暴れています」

「来てしまいましたか」

 予想通りの展開だ。悪魔は常に一番人数の多い部隊を叩きに現れる。そして今日はその対策を講じてある。使いたくなかった手段だが。

「前線の部隊を下げてください。上空からの矢に注意して、被害を抑えることを最優先に」

「はっ」

 伝令が再び前線に帰っていく。同時に最後尾の部隊を前へ出させる。

 今日で悪魔を仕留める。二度とこんな戦い方をしないために。


 なんだか様子がおかしい。人間の兵士達の動きがいつもと違う。悪魔の人形に恐れているのは確かだが、撤退が早すぎる。それにただ恐怖心のままに退がっている感じじゃない。後退するにも統率が取れている。

「アニー、気をつけて。何かおかしい」

「うん。でも、私達が引いたらまた元通りになっちゃうよ」

 その言葉に俺も頷く。人間側は明らかに動かせる戦力のほとんどをこの場に集結させている。アニーの能力が無ければ軽々と突破されるだろう。そうなればベルクス大陸はほぼ制圧され、次は城のあるヤンク大陸まで手が伸びる。今ここを離れるわけにはいかない。

「あ、なんか出てきたよ」

 アニーの指差す先に、新たな部隊がいた。数は約二十人。

「行こう。よく分かんないけど他の人は逃げたみたいだし、あいつら倒せば終わりでしょ」

「……うん。行こう」

 なんとなく不安はあった。それでも行くしかないと思い、また二人で飛び込む。いつも通りに高く飛び、一気に近づく。

「あなたの望むものは何?」

「あぁ……。うぅぅ……」

 人間達が小さくうめき声を出す。いつも通り、これで終わり。


 いつも通りなら。


「なんなの、こいつら……」

 意味が分からなかった。たしかに条件を満たして、私の能力が発動するはずだった。それなのに、何も起こらない。この人間達に望みはない。いや、それどころか心そのものがまともじゃなかった。

「アニー。離れて!」

 インベルに呼ばれてはっとする。手を引かれてまた飛び上がった。

 心のない人間なんてありえない。でも、よく考えるとあの人間達は見た目からおかしかった。ろくに防具もつけておらず、目も虚ろでうめき声をあげていた。

 そこまで考えてやっと分かった。あれは私の能力を封じるために造られた部隊だ。何をしたのかは分からないが、私の、悪魔の能力が効かないように廃人にしたのだ。

 私達がいつも通り出てくるように大人数での攻撃を仕掛ける。その後、全隊後退。廃人部隊を出す。ここまで、全て向こうの作戦だとして、その後は……。

「危ない!」

 突然インベルが大声をだして私を抱きしめた。次いで凄まじい衝撃が私を襲う。

「な、なに。何が……」

 抱きしめられたまま振り向いた私は、言葉を失った。インベルの翼は根元から千切れ、痛々しく血を流し、口からも血を吐いていた。私を守るために、インベルはその身を挺したのだ。

 それは後方に配置されていた大砲による一撃だった。

 そして、次の弾が発射される。


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