魔女

 幾度となく行なわれた衝突の末、ベルクス大陸はほぼ人間の領土と化した。人間側が同時多発的に侵略を繰り返したため魔族の戦力が足りず、少しずつ押し込まれたのだ。

 アニーとインベルが向かう戦場は全戦全勝だったが、ユーマの戦い方にはムラがあり、撤退することが増えたことも一因となっている。

「今まで休んでた分、私が働くわ」

 そう言ってラウラが積極的に大陸間の海を巡回していることで、なんとかヤンク大陸への侵攻は阻んでいる。

「そういうことなので、貴方はしばらく待機していてください」

「……分かったよ」

 ゴブリンの指示にユーマが大人しく従う。結果、会議室にはいつもと違う面子が残り、微妙な空気が流れていた。

 ……あんまり私に気遣いを求めないでほしいのだけど。

 思わず零れそうになった愚痴を心の中に留めて紅茶を淹れる。ラウラが出張っているのでは仕方ない。

「ありがとう、メル」

 お礼を言ってくれるのもリンだけだ。レイは話せないし、ゴブリンとロックは戦況の確認と分析に集中しているから文句は言えないけど。

「リンはこの先どうしたい?」

 ふと気になって尋ねてみる。

 私は正直、戦争の勝敗にあまり興味はなかった。何百年も前に魔法を覚えて、やがて自分の成長を止められるようになった。さすがに不老不死とはいかないまでも、見た目は二十代の頃から変わっていない。元が童顔なせいで未成年に間違えられることさえあった。

 だから、私は勇者と魔王の戦いを何度も見ている。どちらが勝っても、結局は大差ないことも知っている。次の魔王が現れるまでの領土争いに過ぎないのだ。

 だが今回は違う。魔族の敗北は、即ちリンの死を意味する。これまでの魔王は力と覚悟があって戦っていた。でもリンは私達が担ぎ上げただけの、言ってしまえばお飾りの魔王だ。

「よく分かんないけど、早く平和になればいいのにね。私は皆と一緒にいられたらそれでいいのに」

 リンは少し考えて私の質問に答えた。これが今の魔王様、私達の最も大切なものだ。先代魔王の忘れ形見で、魔族の皆で育てた子。たとえこの子が理解していなくても、当代の戦いは全てリンのためにある。

「……なあ、なんかおかしくないか?」

 唐突にユーマが声を上げた。その視線の先はアニー達が向かった戦場の映像だった。

「おかしいとは?」

「あの、一番後ろの部隊だ」

 つられて私も映像を見る。そこには軍の大部隊がいた。武器と防具を装備した軍隊は、大砲まで用意してきていた。そしてその後ろにいる二十人程度の人間。

「……軍人、じゃなさそうね。ろくに防具も着けてないじゃない」

「それに、やたらふらふらしているんだ。まともな訓練を受けている様子じゃない」

 人手不足で一般人まで徴兵したのだろうか。いや、それにしたって質が悪すぎる。まっすぐ歩けてすらいないし、よく見ると目も虚ろだ。まるで洗脳でもされているような……。

「そうか。ゴブリン! 私も今すぐそこに向かう」

「な、それでは転移に支障があるのでは」

 ああ、それもあったのか。私が転移を使わないとラウラとバッカスが戻って来られない。

「それなら先に二人を戻して……」

「ラウラは巡回ですから良いとしても、バッカスは戦闘中です。今戻されるとこのヤンク大陸まで到達される恐れがあります」

「それどころじゃないの。このままだとアニーとインベルが……」

 これだから戦争は嫌いだ。一つの戦場のことだけ考えていられないから。すぐにでも助けに行かないといけないというのに。

「それなら、俺がバッカスの所に行く。そうすればとりあえず負けることはないだろう。そっちが落ち着いたら回収してくれればいい。よく分からんが、一刻を争うんだろ?」

 ユーマが剣を手に立ち上がる。私は頷いてすぐにユーマと会議室を出る。

 急がなければ、取り返しのつかないことになる。



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