弛緩

「おーい、聞いてる?」

「……だめみたい」

 戦いから戻ったアニーがユーマの顔の前で手を振る。反応はなく、アニーとインベルは揃ってため息をついた。

「ゼクスー、なんとかしてよー」

「なんで俺なんだ」

「ユーマはゼクスの担当でしょ」

 急に話を振られ、今度は俺がため息をつく。最近は他の奴らとも馴染んできたと思って目を離したらこれだ。そもそも俺は基本的に単独行動をしているので、今日の戦場で何があったのかも見ていない。よって、誰よりも事情が分かっていないのだ。

「……バッカス。お前も付き合え」

「ま、そうなるわな。言っとくが俺もよく分かってねえぞ」

「構わん。その場にいて、一番迷惑を被ったのはお前だ。それに今後もお前とユーマが組んで戦う場面は幾らでもあるだろうから、直接聞いておくべきだ」

 そう言ってバッカスを先に例のバーカウンターへ向かわせる。酒でも飲ませればユーマの口も軽くなるだろう。

「魔王様、ユーマを借りていきます」

「うん。飲みすぎちゃだめだよ。……よろしくね」

 リンに優しく送り出され、俺はユーマを引きずって会議室が出た。


「また負けてしまいましたか」

 王宮に転移してきた勇者達を出迎える。勇者は何も言わずに私の横を通り過ぎて行った。

「シンク、言っておくが勇者様は負けてない。私達は鬼の相手で精一杯だったが勇者様は互角の勝負をしていたんだ」

「分かっていますよ。正直恐ろしいほどの成長速度です。もう私では相手にならないでしょうね。ただ、結果は良くない」

 勇者が強くなったのは誰もが認めている。軍の兵士も、上層部も、貴族でさえ。だからこそ、それでも勝てなかったという結果が与える動揺は小さくない。

「ねえ、もしかして」

「あの部隊を……」

「ええ、使うでしょうね」

 魔法使いのセナ、レナの言葉にはっきりと頷く。悪魔対策で造られた、人道に背く部隊。

 勇者が勝てない相手がいる以上、数で押すしかない。だがその場合、悪魔の存在がどうしても邪魔になる。今回の戦いの結果を受けて、上層部は確実にあの部隊を使うだろう。それで人間の平和が得られるのなら。

「それと、一応お伝えしておきますが。また一人貴族が殺されました」

「なに? 魔族の仕業か。警備は?」

「警備兵諸共です。戦時中ですから、ほとんどは前線に駆り出されていますが、どうもそれを狙ったかのような犯行ですね」

 それにしたって奇怪な行動だが。貴族をいくら殺したところで戦況は変わらない。戦後、人間側の情勢に変化はあるだろうが、魔族には関係のないことだ。だが、狙われた貴族はたしかに戦争を助長する強硬派ばかりだ。

 こちらが特殊な部隊を生み出しているように、魔族にも何か考えがあるのだろうか。この戦争の行く末は、まだ誰にも分からないでいた。


 俺とバッカスがユーマを挟んで座り、三杯ほど酒を飲ませるとやっとぽつりぽつりと話し始めた。

「あいつ、なんで自分が勇者なんだって喚いてたんだよ。いきなりこの世界に来て勇者にされたって」

「同情してるのか?」

「してない。ただ、なんか……」

 ユーマがもごもごと何かを言いかけて黙った。きっとやるせない気持ちになったのだろう。勇者になれなかった今の自分と、勇者になった男の心情。これまでは自分の居場所を奪った奴としか見ていなかった相手も、望んでそうなったわけではないと知って複雑なのは分かる。それでも、いつまでも腐っていられてはこちらが困る。

「いずれにせよ、お前は勇者に対抗する重要な戦力だ。さっさと切り替えろ」

「そうだな。悪いが、あいつらはもう俺一人の手に負える相手じゃねえ」

 バッカスが傷跡を擦る。勇者もその仲間も、以前とは実力が段違いだったらしい。単に強いだけならどうにでもなるが勇者の剣がある以上、迂闊に魔族を戦わせることはできない。

「分かってるよ。今まで通り、勇者が出たら俺が相手をする」

 ユーマがはっきりと言い切った。まだ若干の不安はあるにしても、当面は任せるしかない。

 ……何事もなければ良いが。どうにも嫌な予感がしていた。

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