再戦
勇者出現。転移開始。
魔法でメルから伝えられた言葉に思わず力が入る。
巨大化させた剣を一振りして周りの人間達を薙ぎ倒した直後、俺の体は城に戻っていた。城の転移部屋にはゴブリンが待っていて、すぐに状況を話し始めた。
「バッカスの担当箇所に勇者が現れました。以前の仲間達も一緒です」
「俺がいた方はどうする?」
「あちらはもう十分でしょう。貴方の最後の一撃が効いたようで、流れは魔物達に傾いています」
それなら問題ない。勇者が現れたら呼べと言ったのは自分だが、持ち場を放棄して気にならないほどの豪胆さは持っていない。
「まだバッカスも接敵していませんので、今のうちに状況を確認しておいてください」
床に描かれた魔法陣が輝く。転移が始まる合図だ。慌ただしいけど最低限のことは聞けたし、あとはバッカスと合流してからだ。
戦場に着いた俺は、完全に後手に回っていることに気づく。すでにバッカスと勇者達の戦闘が始まっていたのだ。
「退け!」
俺の声に反応してバッカスが後ろに飛ぶ。それと入れ替わりに、俺が前に出て勇者の剣を受ける。
「気をつけろ。前とは違え」
白帽子と黒帽子の魔法を躱してバッカスが叫ぶ。よく見ると、腕や腹を怪我していた。かすり傷程度とはいえ、確かに以前とは違うらしい。今まで戦場に出てこなかったのは鍛錬のためか。
「出たな。お前さえいなければ……」
「それはこっちの台詞だ」
鍔迫り合いの中、互いに悪態をつく。よほど前回の敗北が効いているようだ。
すぐ横ではバッカスが例の槍使いと魔法使い二人を相手に戦っている。三人相手でも圧されていない。おそらくあの傷は勇者の持つ、魔を滅する剣によるものだ。ならば前回同様、俺が勇者の相手をすれば負けはない。
面倒な相手だ。槍を受け止め、魔法を躱す。
一人一人の攻撃は大したことはない。厄介なのは白帽子の女が放つ特殊な魔法だ。動きを止められたり、視界を遮られたり。だが白帽子を狙おうとすれば他の二人が邪魔をする。
ユーマが来るまでは勇者もいたので正直危なかった。あの剣は持ち主の実力に関係なく魔族の硬度を超えてくる。
しかし、今は状況が変わった。形勢逆転と言っても過言ではない。
「お前らだけで俺に勝てるつもりか? さすがに舐めすぎだろ」
「舐めているのは貴様らだ。勇者があの男を倒すまでの間くらい、私達で凌いでやる」
俺の拳を槍で受け止めて女が答えた。そして俺が圧し切る前に後ろから魔法の援護が飛び、仕方なく回避する。腕を上げたのは勇者だけではない。奴らが時間稼ぎに徹している限り、一人で倒し切るのは難しそうだ。
……とりあえず、ユーマに任せてみるか。
勇者との戦いはほぼ互角だった。俺と同じで魔法による身体能力の強化を行なっている。勇者がこの世界に現れてもう数ヶ月が経っているし、才能があれば魔法を覚えていてもおかしくない。それが余計に俺の怒りを膨らませた。
そうやってお前は、俺の努力を踏みにじっていくのか。
「さぞ気分がいいだろうな。勇者様」
「……なんだと?」
勇者が苛立たしげに呟く。思ったより効果がありそうだ。強化した者同士の高速戦闘を繰り広げながら挑発を続ける。
「俺に負けて少しは鍛えたみたいだが、まだまだだな。どうせ周りにちやほやされて、だらだらやってるんだろ」
「黙れ……」
「今まで戦場に出なかったのは、魔物に勝てる実力が無かったからか。そこらの雑魚にあっさり殺されたら人間は終わりだもんな。それとも、もう見捨てられたか? ……死んでもいいから来たんだろう」
「黙れ!」
勇者が大きく剣を振って俺の剣を弾く。煽りすぎたか、想像以上の力だった。
念のため後方に跳んで距離を取るが追撃はなかった。勇者はその場で下を向いて叫ぶ。
「分かってんだよ。俺じゃだめだってことは! なんで俺なんだよ。死んだと思ったらこんな世界にいて。お前が勇者だとか言われて。剣なんか触ったこともなかったのに。魔物なんか見たこともなかったのに! 魔王を倒さなきゃいけないなんて知るかよ!」
思いを吐き出して勇者が項垂れた。完全に隙だらけで、今なら簡単に仕留められる。そうと分かっているのに、俺は動けなかった。
こいつは今、本気で思っていたことを言っている。俺の居場所を奪っておいて、こんな所は嫌だと、こいつは本気でそう思っているのだ。怒りではなく、当然同情でもない。ただ虚しさだけが俺の心を蝕んでいた。
周囲の喧騒の中、戦いの中心にいる二人が固まっているのは端から見たらさぞ滑稽だったろう。まるでそこだけ時間が止まっているかのようだった。
だが、いつまでもそのままではいられなかった。
「おい、突っ立ってんじゃねえ!」
バッカスの大声が響き渡り、我にかえる。勇者の仲間、黒帽子の魔法使いが俺に向かって魔法を放っていた。
「はっ!」
敵の魔法を剣で斬り裂く。同時に俺とバッカス、勇者と仲間の女三人の体が光り出した。転移魔法だ。
おそらくこちら側はゴブリンの判断、向こうは白帽子の女だろう。なんとも締まらない幕引きだ。
「何を話してたんだ?」
「……大したことじゃない」
バッカスの問いにそっけなく返す。
そうだ、大したことではない。俺が勇者を許せない気持ちは、今でも変わっていないのだから。
そして俺達は城に帰り、この地はどちらの領土にもならずに半端なまま放置されるようになった。
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