異形

 戦いは日々激化していた。両軍とも、勇者と魔王こそ出陣していないものの、各地で争いが起こり、被害は加速度的に増加していった。

「今日もか……」

 俺は思わずため息をつく。

 レイが命令すれば魔物は幾らでも集まる。それに練度の低い雑兵相手なら、何人いようがアニーとインベルだけで事足りる。

 ただ、それなりに鍛えられた部隊が出てきた場合、水辺ならラウラ、それ以外は俺かバッカスというのが基本方針となっていた。

 要するに、アニーとインベルのチームと俺とバッカスはほぼ毎日人間の軍隊と戦い続けている。

「すみませんね。単純な戦闘力で考えるとどうしても負担が偏ってしまいまして」

「いや、まあ仕方ないけどな……」

 それでも、小鬼のゴブリン、スライムのレイ、骸骨のロックという異形トリオが揃って戦闘向きじゃないのはどうなんだ。

 メルは転移の調整のために城から出ないし、ゼクスはいつもどこで何をしているのかよく分からない。遊び回ってるなんてことはないだろうが、少しはこっちを手伝えと思ってしまうこともある。

「じゃあ行ってくる。もし勇者が出たら……」

「すぐお知らせしますよ」

 ここ数日、毎日繰り返しているやり取りだ。いい加減ゴブリンも嫌になっていそうだがこれだけは譲れない。

 若干の申し訳なさを感じつつ、俺は今日の戦場に向けて転移した。


 いつものことながら、ユーマの執念は凄まじいものだ。

 作戦の連絡と見送りを終えて私は会議室に戻る。ここには立体映像の世界地図があり、戦況を見るのにちょうど良いので居残り組の溜まり場となっている。

「戻りました。ロック、映してください」

「ああ、分かった」

 地図とは別に、映像が浮かび上がる。ロックの索敵能力は本来共有できるものではない。メルの魔法で地図を空中に投影したのを見て、先代の魔王がこんなこともできるんじゃないかと言い出し、メルが実現した。

「アニー達と、バッカスに、ユーマ、ちゃんと、映ってる」

「ありがとうございます。あとは定期的に全体を映してください」

 ロックに指示を出した後はレイの方を見る。レイと、その上に寝転ぶリンを。

「魔王様、行儀が悪いですよ」

「だってぷにぷにで気持ちいいんだもん」

 リンは退屈そうに答える。レイも嫌がってはいないが寝心地の良さを保つために動けなくなっていた。

「リン。お菓子食べる?」

「食べるー」

「あ、じゃあ私紅茶淹れるわね」

 メルがお菓子を広げ、ラウラが部屋を出る。皆、リンを甘やかしすぎではないか。一歩間違えば我儘に育ちそうな環境だ。魔王としてはそれでもいいのかもしれないが。

 ラウラが戻ってきて全員に紅茶を配ると、やっとリンが起き上がって席に着いた。

「一応、他の者は戦闘中なんですがね……」

 と言いつつ、ひとつだけお菓子を取る。食べないとリンに文句を言われるのだ。

「大丈夫、皆、勝ってる。いつも通り」

「まあそうでしょうね」

 そもそも戦力として十分だと判断してそれぞれ別の戦場に行ってもらっている。想定外の敵が出ない限り負けはない。手が足りない箇所では魔物が敗れる場面もあるがあくまで局地戦の域を出ない。

「前にユーマが戦った奴は出てきてないの? シンクとかいう」

「あれ以降は姿を見ていませんね。出てこられると少し厄介なので、ありがたいことですが」

 どうにも人間側は何か手を隠している気がしてならない。雑兵と無能な指揮官を捨て石に時間稼ぎをされているようにも思える。

 その時、ロックの索敵が全体を映したものになり、ある人物を見つけて思考を止めた。

「メル。ユーマに連絡を」

 バッカスのいる戦場に、勇者が現れたのだ。

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