堕天
俺は昔から自分が嫌いだった。暗い性格も、弱々しい体も、天使という種族も。
天使は皆、表向きは人当たり良くしていながら、実際は人間も魔物も下に見ていた。能力故に人間の味方をしておきながら前線には立たず、常に傍観者を気取っている。
俺は自分が天使であることが心底嫌だった。
それでも天使が戦わなければならないときもある。悪魔だけは、人間の手に負えるものではないから。兵隊の練度も心の強さも、悪魔の前では意味を為さない。悪魔は人間の望みを歪んだ形で叶えるため、無限に人間の敵を生み出すことができるのだ。
ある日、数年ぶりに悪魔が見つかったと人間から天使達に報告があり、俺達はその悪魔を探しに行った。探し出して、殺すために。
「なんでわざわざ俺達が行かなきゃならないんだか」
「仕方ないだろう。人間が勝てる種族ではないんだからな。ある意味、人間にとっては鬼や吸血鬼より怖いだろうよ」
「だからって、吸血鬼の住処を見つけて全部燃やすのはさすがにイカれてると思うけどな。そうじゃなくて、悪魔が戦場に出たらその時相手すればいいんじゃないかってことだよ。わざわざ魔物臭いヤンク大陸くんだりまで来なくてもさ」
俺以外の天使達は口々に文句を言いながら件の悪魔を探して飛び回っていた。俺は誰とも話さず、一番後ろをのろのろとついて回る。
そしてついに悪魔が見つかった。
「いたぞ。こっちだ!」
一人の天使の声に反応して全員が同じ方向へ飛んでいく。俺も置いていかれないように追いかけた。その時はただの興味本位だったが。他の天使が始末してしまう前に悪魔というものを一目見てみたかったのだ。どんな姿をしているのか。何を考えているのか。
その願いはなんとか叶えることができた。俺は生まれて初めて悪魔と対面した。まだ俺と同じくらいの子どもだった。
その少女がとても綺麗に見えた。
漆黒の両翼と三つの目は明らかに他の種族と異なる。それでもその目には自分の姿を恥じる気持ちは一切無かった。
「なんだ、まだ子どもじゃないか」
天使の一人がそう言って剣を抜く。周りの者もそれぞれ武器を取った。天使と悪魔は共に直接的な戦闘力はない。両者の対決は、ある意味人間同士の戦いに近いものとなる。
つまり、丸腰の少女と武器を持った男達では全く勝負にならない。
「嫌だ……」
俺の小さな呟きは様々な武器の金属音に掻き消えた。ああ、嫌だ。少女を囲む天使達も。こいつらと同じ種族に生まれてしまった自分も。
「嫌だ!」
突然背後で大声を出した俺に天使達が驚く。その隙に包囲の間を抜けて少女の手を取る。
「飛んで!」
返事を待たずに俺は翼を広げて飛び出した。少女は戸惑いながら俺に合わせて自力で飛んだ。天使に追いつかれないように二人で上昇と下降を繰り返し、森に紛れ、魔物の住処を通り抜け、大陸中を飛び回った。
「君、翼が!」
「え?」
少女に言われて自分の翼を見る。それは、天使の真っ白な翼ではなくなっていた。かといって彼女のような漆黒でもない。黒は黒でも、くすんだ汚い黒だった。
「……ふ、はは、はははっ」
笑いがこみ上げる。こんな簡単なことで良かったんだ。俺はやっと天使であることから解放されたんだ。自分が綺麗だと思ったものを大事にして、種族のアイデンティティを失って、初めて自分自身になれた。
「ありがとう。君のおかげだよ」
「え、え。いいの? ……こっちこそ、助けてくれてありがとう」
二人でお礼を言い合って、なんとなく笑う。もう俺達を追いかけるものはいなかったけど、俺達は疲れ果てるまでどこまでも飛び続けた。
「あーもう疲れたー」
やる気のないアニーの声でふと我にかえる。
魔族と人間の争いが始まってから、俺とアニーは連日戦いに駆り出されていた。戦場を二人で飛び回っていたせいか、昔のことを思い出してしまったのか。
「でも今日は良い感じだったね! 合体技も決まったし、弓の腕も上がったんじゃない?」
「毎日射ってるから……。それに、大勢いるから当たってるけど、あんまり狙い通りじゃないよ」
ユーマに合体技の練習に付き合ってもらった時に言われて、俺とアニーも弓矢を使うようになった。腕はまだまだだが、アニーの能力で地上戦に集中させて上から矢を射つだけでも戦果が大きく変わる。
「もう、また後ろ向きなこと言って。頼りにしてるんだからね!」
背中をばしばしと叩かれる。音の割に痛みはなく、暖かささえ感じた。
「……うん、頑張る」
頑張って俺が彼女を守る。この翼が黒に染まった時から、それだけが俺の生きる意味だから。
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