先代

 その魔物は強かった。

「お前か。この辺りで一番強えのは」

 力試しに訪れた鬼を軽々と打ち破るほどに。

 その魔物は優しかった。

「助けてください。この子を助けてあげて」

 追われていた悪魔の少女と堕天使の少年を匿い、追ってきた天使達と一戦交えるほどに。

 その魔物は大らかだった。

「私、一応人間なんだけど……」

 魔法を究めて人の世から外れた人間を気に入り、仲間にしてしまうほどに。

 そうしてその魔物の周りにはたくさんの仲間が集まった。種族も強さもバラバラで、信頼できる者もいれば頼りない者もいる。それでも全員が認めていた。この魔物こそ我らの王だと。

 だがその王にも宿敵が現れ、最期を迎えることとなる。


 その日は一日中大雨だった。

 魔族と人間の衝突は連日続き、魔王と勇者が直接対峙することこそなかったが、互いに疲弊しきっていた。

 傷つく仲間達を見かねた両者は、ついに一対一の決闘を行なうことにした。場所はどの大陸にも属さない孤島。人間も魔物もいない忘れられた島で、二人は半日戦い続けた。

 両者の力はほぼ互角だった。勇者は歴代の中でも最強と言われ、対する魔王も赤鬼と素手で殴り合って勝つほどの力を持っている。一撃でもまともに当たれば勝負が決することになる。勇者もそれを分かっているから回避を最優先とし、隙をついて少しずつ魔王に傷を負わせていた。

 それでも互いに決定打を入れられずにいたその時、魔王は赤子の泣き声を聞いた。それは小さくか細い、人間の耳には届かない声だった。五感の発達した魔族だからこそ聞こえたその声に、魔王は動きを止めてしまった。

 不意を打たれた魔王は、それでも声の主を探した。そして毛布に包まった人間の赤子を見つけたのだった。勇者もそれに気づき、戦いをやめた。

 魔王はその子を連れて城に戻ったが、勇者から受けた傷が癒えず命を落とした。


「というのが、先代の魔王様の話よ」

 カラン、と音を立ててグラスの中の氷が溶ける。いつのまにか酒を飲むことも忘れて聞き入っていた。

「魔王がその時拾ったのがリンか」

「そうよ。あの子はまだ赤ん坊だったから覚えてないでしょうけど」

「代わりに、俺らのことは家族みたいに思ってんじゃねえかな」

 そうかもしれない。リンを見てると、なんとなくラウラを母親、アニーとインベルを姉と兄と思っていそうだ。そもそも捨て子だから親や兄弟という感覚が分かっていないような気もするが。

「それで、結局質問の答えにはなってないんだけど。魔王ってのはどうやって選ばれるのか。なんでリンが魔王なのか」

 話を聞く限り、先代の魔王はなるべくしてなったとしか思えない。でもリンが魔王に相応しいとはやはり思えなかった。

「まず一つ目ね。魔王になるためには、多くの魔族から認められなければならない。具体的には知性を持った複数の種族からの支持が必要なの」

「俺も含めて、あいつのもとに集まった奴らでその条件は満たしたわけだ」

 赤鬼、人魚、吸血鬼、悪魔、堕天使、小鬼、骸骨、スライム。魔王の条件にどれだけ必要なのか知らないが、十分な数だろう。

「でも魔王になったからって何か変わるのか?」

「いや、ほとんど何も変わらねえな」

「一応、意味はあるんだけどね。魔王になると、ある鎧を出せるようになるの」

「鎧?」

 人間ならまだしも魔物が鎧を着る意味があるのか。疑問が顔に出ていたようでラウラが補足する。

「勿論ただの鎧じゃないのよ。勇者が持つ、魔を滅する剣に対抗できる鎧。それがないと魔族はあの剣に触れることすら出来ないから」

 それを聞いて以前の戦闘を思い出す。何も知らずに俺が勇者と戦ったが、結果的に最適な行動だったということか。

「それからリンちゃんが魔王になった経緯だけど……」

 と言いかけてラウラが言葉を詰まらせる。それを見てバッカスが続きを話した。

「正直なところ、揉めたんだよ。誰が後を継ぐかでな。単純に強さで考えれば俺かゼクス辺りだが、どうにも魔王って器じゃねえしな」

「それに、どうしても自分の種族を優遇したくなっちゃうのよね。先代は本当に分け隔てなく、自分が気に入ったかどうかだったけど」

「それはそれでいいのかよ」

 俺が思わず突っ込むと二人は笑った。きっと誰もが同じようなことを一度は考えて、それでも上手く回っていたのだろう。

「ま、そんなわけで後釜が決まらず悩んでた頃だ。まだ赤ん坊のリンが一昼夜わんわん泣いたことがあってな。全員が必死になってあやしたんだ。珍しくゼクスやメルも困り果ててたなぁ」

「結局私が人間の街まで行ってオムツやミルクを買い揃えてきて全部やったんだから」

 その景色はなんとなく目に浮かぶ。ロックやレイ、ゴブリンはそもそも見た目で怖がらせるから論外だろうし、アニーとインベルはまだ子どもだったろう。残った中でまともに子どもの世話ができそうなのはラウラしかいない。

「それで?」

「それで、思ったんだよ。俺達はこの子のために生きようって」

「だからあの子を魔王にしたの。私達が戦う理由というか、象徴としてね」

 そういうことだったのか。いつも自由奔放に遊び回って、会議の号令だけが仕事みたいな少女は、本当にそう望まれていたのだ。

「でも、鎧が使えないのはかなり不利なんじゃないのか。リンに着せて戦わせるわけにもいかないだろ」

「いいんだよ。出してもらえば他の奴でも着れるんだ。俺も一度先代にせがんで借りたことがある」

「ちゃんと着る人の大きさになってくれるみたいよ」

「便利だな」

 だが、他の奴が着る必要はない。俺なら勇者の剣もただの武器と変わらないからだ。

 勇者は、俺がこの手で仕留める。



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