戦乱

 人間と魔族の大規模な戦闘から一月余りが過ぎた。その後も人間は幾度となく魔物の領土に踏み込み、小競り合いを繰り返している。

「こっちから攻め込んじまえばいいだろうが。下っ端をいくら追い払ったところで意味ねえだろ」

「いけません。無闇に打って出ればこちらの戦力を教えることになります」

 これも、もう何度も繰り返した話だ。

 すでに戦争と言える状況になっているが、互いに敵の戦力は把握できていない。だから各地で小競り合いを仕掛けて彼我の戦力差を推し量ろうとしているのだ。


 そんな状況下で会議の回数も増え、内容も白熱してきているが、当の魔王様は呑気なものだ。

「見て見て。ケルベロスがお座りできるようになったの!」

 今週三度目の会議が終わった後、リンに呼ばれて会議室に残った。単にケルベロスの躾の成果を見せたかったらしい。

「あー、うん。すごいすごい」

 適当に褒めるとリンが不服そうな顔をする。無駄に座らされたケルベロスも同じ顔をしているのに気づいていないのだろうか。

「むー……。じゃあこれは? ケルベロス、ゴー!」

「がるるるる……」

 今度は低い唸り声をあげる。大型犬ほどの大きさに成長したケルベロスが三つの顔で威嚇する様は、魔物らしく人間の恐怖心を煽るものになっていた。

「もう一回言うと目の前の人に噛みつくんだよ! すごいでしょ」

「お、おう……。すごいな」

 お座りと同じノリで本当にすごいこと躾けてるな。誰を相手に練習させたんだ。

「で、こいつはずっと威嚇したままなんだが」

「……あ」

「おい」

「だ、大丈夫だよ。今のうちに見えないとこまで離れれば」

 リンが慌てて付け加える。そんなに動揺されては安心できないんだけど。

 俺はケルベロスを刺激しないように、じりじりと後退して会議室を出ていった。


「本当に、なんであの子が魔王なんだよ」

 バーカウンターの部屋で、酒を飲みながらラウラに愚痴る。

 俺は以前の飲み会以来、何度かここを訪れていた。他の連中も気が向いたら来るといった形だが、ラウラだけはいつ来てもまるで店員のようにカウンターの向こう側に立っている。

「あら、ゼクスから聞いてないの?」

「見てれば分かるとさ」

 ああ、とラウラが納得する。俺には未だに分からないが。

「ユーマは、そもそも魔王がどうやって選ばれるのか知ってる?」

「……いや、そういえば知らないな。この城に来るまでは、単純に一番強い奴が力で支配してると思ってた。というか今でも人間はそう思ってるはずだ」

「まあそう思われていても当然ね。先代まではそうだったから」

 先代の魔王。見たことはないけど、俺が勇者候補として王都に連れて行かれた理由がそれだ。結局その後に勇者が現れて討伐されたと聞いた。

「邪魔するぜ」

 話の途中でバッカスが現れた。俺の隣に座ると無言でラウラから一杯受け取り、一気に飲み干す。

「はーっ、やっと一息ついた」

「お疲れさま。どうだった?」

「いつも通りだよ。敵の部隊を一つ潰して終わりだ。それより山ん中に転移されて道に迷っちまったことのが大変だったぜ」

 バッカスは会議の後、また小競り合いの起きている場所に行かされていた。単純な強さはどんな戦場でも活躍できる。それにバッカスの情報は以前の勇者達との戦いですでに知られている。だから必然的に最も出番が多くなるのだ。

「それで、何の話してたんだ?」

「先代の魔王様について」

「何でリンが魔王なのか、そもそも魔王ってどうやって決まるのかって流れでな」

 ラウラと俺が答える間にバッカスの酒は二杯目も空になった。

「ま、その辺りは全部繋がってる話だからな。まとめて話しておいてもいいだろう」

「そんなに大した話じゃないんだけどね。要は、みんなが認めた者が魔王になるってだけの話よ」

 そう前置きして、ラウラとバッカスの昔語りが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る