人間

 人間が治めるルージ大陸の王都、王宮の一室。そこでは貴族や軍の上層部といった権力者が集まって会議を行っていた。

「緒戦は痛み分け、いやはっきり言ってこちらの負けでしょうな」

「当然だ。作戦も何もあったものじゃない。むしろ魔物共の方が頭を使っているんじゃないかね?」

「良いのですよ。今回の衝突は一部の奴らが待機命令を無視して勝手に行ったことです。これで残っている者達も頭を冷やすでしょう」

 くだらない会話だ。

 此度の戦はこの議会で決まっていたこと。つまり民衆に対して開戦を知らせることと敵戦力を見ることが目的で、戦った奴らはただの捨て駒だ。私の部隊を除いて、だが。

「失礼いたします」

 漏れ聞こえていた声が途切れたところで扉を叩く。中に入ると貴族達の訝しげな視線と軍上層部の期待の眼差しが私に集まった。

「なんだ、この者は?」

「彼はシンク。我が軍の特別部隊の隊長をしております。シンク、報告を」

 上官の紹介を受けて報告を始める。

「今回の戦い、敵の戦力はおよそ三百。こちらの人数とほぼ同等です。ただし、ある程度の統率はとれていました。魔物の中でも指示系統があるのでしょう。一際大きなスライムがいましたので、おそらくその魔物の仕業です」

「ほう、同等の戦力を持ってして敗れたと」

「敵の中に人魚がおりました。水辺での戦闘では勝ち目はないと思われます。むしろ人員を割いても被害が増すばかりでしょうね」

 全く恐ろしい能力だった。軽々と体を覆い尽くすほどの水流に対する力を持った人間などいるだろうか。実力と度胸を兼ね備えた魔法使いならあるいは可能なのかもしれない。少なくともあの場にそんな者はいなかったので無意味な仮定だが。

「それから、以前勇者が戦った者達についてですが。話を聞いた限り、鬼、悪魔、そして人間だと思われます」

「……まさか、そんな滅茶苦茶なことがあるか」

 貴族が冷や汗をかいて否定する。

 鬼も悪魔も実物を見たことがある者はほとんどいない。鬼に遭えば生きてはいられない、悪魔に遭えばさらに碌な死に方はしない。それが人間の共通認識だ。

 そんな存在と我々の同族である人間が勇者達を襲った。俄かには信じられない情報ばかりだ。

「どうするつもりなんだ。勝つ算段はあるんだろうな」

「ええ、勿論です」

 騒ぐ貴族を私の上司が諫める。その顔にははっきりと余裕が見てとれた。

「鬼も無敵ではありません。そして悪魔については、すでに対策を見つけてあります。そうだろう、シンク」

「……ええ」

 たしかに、悪魔の対策は検討済みだ。その準備も着々と進んでいる。ただ一点、人道を踏み外していることを考えなければ、だが。


 報告を終えて会議室を出た。まだ貴族と軍上層部の会議は続いているが私の役目はすでに果たした。さっさと軍の任務に戻ろうと王宮を出ようとしたところで、見覚えのある集団を見つけた。

「シンク、久しぶりだな」

「そうですね。貴方がぼろぼろになって帰ってきた時以来でしょうか、勇者様」

 私の言葉に、勇者の後ろにいた女性達が何かを言いかけて口を開いた。だが勇者がそれを制して、落ち着いた声で答える。

「あの時は迷惑かけた。それで、お前の方はどうだった? 奴らと戦ったんだろう」

「鬼と悪魔はいませんでしたが、貴方と戦った人間とは一戦交えましたよ」

 先の戦いで会った男を思い出す。剣一本で私の攻撃を捌き切った男を。

「正直、今まで戦った人間の中では最も強いですね。一対一であれに勝てる相手は思いつきません」

「何を。勇者が勝てないと言うのか!」

 ついに堪えきれなくなったのか、槍を持った女性が叫んだ。勝てないも何も、はっきりと力の差を感じただろうに。

「分かってるよ。シンクの言いたいことは」

 勇者が小さく呟く。その声に槍使いのリザと魔法使いのセナとレナが息を呑む。

「あいつは、俺が倒すよ」

 余裕に満ちた勇者の顔を見て、私も背筋が凍った。そして同時に笑いが溢れる。

 あの男に言ったことは間違っていなかった。あの一件以来、勇者は凄まじい速さで成長している。近頃は手合わせもしていないがはっきりと分かった。

 勇者の実力は、すでに私を超えている。



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