強者

 戦況はほぼ五分五分だ。

 魔族が押しているところもあれば、人間が優勢なところもある。知性のない魔物の強さはどの個体も大差はないはず。となればこの状況は人間側の練度の差によるものだ。

「さて、どう動くべきか……」

 負けそうな戦線に加勢するか、勝っているところに行ってさっさと敵部隊を減らすか。

 この規模の戦闘で自由に動けるというのは難しい。そもそも俺は将としての訓練を受けていないのだ。戦況を見て先の展開を予想して、なんてことは専門外だ。

「ゴブリン、ラウラはまだか?」

「もう着いていますよ。ただ、最後の決め手にしたいので今は待機していただいています」

「じゃあ、敵の中で特別強い奴はいるか?」

「ええ。西側、一番端にやたらと魔物を斬っている者が」

「じゃあ行ってくる」

 共に後方で待機していたゴブリンに告げて西側の部隊に向かう。

 川は戦場の東にあるのでラウラの奇襲も効かない可能性がある。逆に言えば、その強者さえ抑えれば他はどうにでもなる。


 俺が西の戦場に着くと、異様な光景が広がっていた。

 人間と魔物が距離を取って睨み合っている。レイの指示だろう、魔物達はじりじりと後退を続ける。

 それまではひたすら特攻を仕掛けていた魔物の後退に、人間も気味の悪さを感じて攻められずにいた。

 俺は魔力で身体能力を強化して、その両者の間に飛び出した。

「一番強いのはどいつだ?」

 人間側の軍勢を見る。突然乱入してきた俺に困惑する奴らの中で、一歩前に出た男がいた。両手に短剣を持った優男風の男は落ち着いた声で俺に尋ねる。

「……貴方は、人間ですね」

「さあ、どうだろうな」

 適当に答えて、俺も剣を抜く。男は短剣を持った両手をだらんと下げているのに、どうにも隙がないように見える。

「まさか本当に魔物の味方をする人間がいるとは。気が乗らない戦でしたが、勇者を負かした敵が現れたとあってはそんなことも言ってられませんね」

 男が喋りながら一歩ずつ近づいてくる。後ろの兵隊達は警戒しつつも加勢するつもりはないようだ。

 俺もその男に向かって歩き、俺の剣の間合いに入る一歩前で互いに立ち止まる。

「名前を聞いても?」

「人間に名乗る名はない」

 ユーマという名前を教えれば、いずれ俺の正体に気づくだろう。知られて困ることもないがわざわざ教えてやる義理もない。

「そうですか。私はシンク、どうぞ宜しく」

 シンクが俺の間合いに入る。素早く短剣を振り、俺の首を狙う。

 俺は一方の短剣を剣で防ぎ、もう片方を躱す。だがシンクの攻撃速度はどんどん増していく。このままではいずれ俺の反応が追いつかなくなるだろう。

「勇者の言葉も当てになりませんね。この程度だったとは」

「人間のくせに勇者様は嫌いか」

 俺もそうだよ。

 シンクは勇者から以前の戦闘の話を聞いているらしい。シンクは明らかにあの時の勇者より強い。自分より弱い奴がちやほやされているのを見るのはさぞ気分が悪いだろう。

「私はただの軍人です。勇者とはそもそも役割が違う」

「そうだな。ここで馬鹿な指揮官に付き合って死ぬのがお前の仕事だ」

 シンクの猛攻を防ぎつつ、遠くを見る。人間の指揮官がいる方向だ。魔物が圧されていたのは、シンクがいるこの辺りだけだ。すでに中央から東の戦局は決まりつつある。

「成程、本気ではなかったのですね」

「こっちは足止めで十分なんでね。早く助けに行ってやれよ」

 これは嘘だ。シンクにはもっと東側に行かせないといけない。俺が出ることで、魔物の被害を減らすことは出来た。だがここでは川から遠すぎる。こいつはここで仕留めておきたい。

「貴方を倒した後でまだ生きてたら助けますよ」

「薄情な部下だな」

 シンクはこの場を離れようとしない。こちらの狙いに気づいているのか。

 その時、東の戦線、川の方から兵士達の悲鳴が響いた。


 水中に潜む私に、レイから指示が出る。正直、この感覚はあまり好きではない。魔族であれば否応なく聞こえてしまうし、それは単なる言葉ではなく命令として脳に刷り込まれる。

「やっと出番ね」

 川の中をぐるぐると泳ぎ回り、水の流れを生み出す。

 本来の姿に戻り、下半身が魚となった私は人間には不可能な速さで水中を駆ける。水流が勢いを増して一本の巨大な水柱が出来上がった。

 人魚である私は水に魔力を送って操ることができる。ただ、自分の魔力が届かなければ効果はない。たとえばこの川の先にある海の水までは操れない。だからこうして水柱をつくり出し、上流から来る水を次々に巻き込んでその量を増やしている。すぐ隣の戦場に叩きつけるために。

「もう十分かしら」

 流れに乗って水柱の頂上に移動する。眼下にいる人間達は唖然とした顔で私を見上げていた。

「あら、ユーマはまだ戦ってるのね」

 一度手を止めようとして、結局気にしないことにした。右手を戦場に向け、力を解放する。

 巨大な水柱が、倒れ込むようにして戦場に叩きつけられた。


「早えよ、くそっ!」

 ラウラの奇襲が行われたことを察知して悪態をつく。

 川の傍にいた人間達は魔力の込められた水に攫われていく。俺もこの場を離れなければ、巻き込まれてしまう。

 最後に、気になっていたことを聞いてみた。

「なぜ今回、勇者抜きで攻めてきた?」

 俺の質問に、退こうとしていたシンクが足を止める。

「彼は貴方に負けたことが相当悔しかったようです。次に会う時は以前のようには行かないでしょう」

 そう言い残し、シンクは仲間を引き連れて去っていった。


 戦場だった場所は、折れた武器も倒れた魔物も人間も、全てが水に飲み込まれ、後に残ったのは何もない荒地だけだった。

 人間も魔族も半数ほどの被害を出した戦いは、こうして終わりを告げた。

 そしてこの戦いをきっかけに、両陣営の衝突は各地で見られるようになる。

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