開戦

「人間が魔族の領地に?」

「まだ踏み込んではいませんが。以前の勇者達とは違い、軍の一団が領地の傍を陣取っています」

 という会議があってから一時間後。

 俺は再びベルクス大陸を訪れた。全体のおよそ七割が魔族の土地となっている大陸、逆に言えば、三割程度は人間が住処としている大陸だ。当然、魔物の襲撃に備えて人間の軍隊が常に一定数駐屯している。

 ゴブリンが言うには、その一定数を明らかに超える数の軍隊がいるらしい。なぜ急にそれほどの軍隊を揃えたのか。例の伝承を信じるなら、勇者と魔王の一戦だけが未来を決める。たとえ勢力としてどれほど余力があっても、局地戦で何度勝利を収めても、大した意味はない。

「先代の魔王と勇者の戦いが終わってまだ十年も経っていない。ここで戦っても無駄なことは分かってるはずだけどな」

「無駄ということはありません。敵軍を退けて領土を奪うことは可能です。敵軍に勇者がいないのなら、今回はそれが目的でしょう」

 つまりは人間の欲望によるものだ。魔族との戦いではなく、人間の中での勢力争いに勝つために早まった何者かが攻め込もうとしている。戦果を上げて、人間が勝った後により多くの利益を得るために。

「で、今回は何でこのメンバーなんだ?」

 俺は周りを見回して尋ねる。俺と共に転移してきたのはラウラ、レイ、ゴブリン。普段なら城から出ない奴らだ。

「この辺りは野生の魔物が多いので。知性のない魔物でも、簡単な命令ならレイが伝えられます。私はその補佐ですよ」

「ラウラは?」

「ここには大きな川があるからよ。水辺なら私も結構強いのよ」

 水辺限定なのか。アニーも以前、水辺じゃなければ自分の方が戦える、というようなことを言っていた。水に関わる種族なのはなんとなく分かるが、少なくとも河童には見えない。

「さて、そろそろ行きましょう。辺りの魔物が案内してくれます」

 ゴブリンの言葉の後にレイが声を発する。それは人間が理解できる言葉の体を成していなかった。

 その声に導かれ、わらわらと魔物が集まる。スライムだけではない。周りの動物や虫や植物が本性を現す。角や牙、棘を生やし、ある一方に向かって進んでいく。レイの支配が効いた証だ。


 川沿いをしばらく歩くと、遠くに人間の一団が見えた。俺達が倒すべき相手だ。

「本当に多いな。何百人いるんだ」

「普段駐屯している兵は精々数十人。人間にとっても異例の事態でしょうね。ですが、こちらも数で負けてはいません」

 俺とゴブリンが後ろを振り返る。そこにはレイと案内役の魔物達、そしてここに向かう道中でレイの後をついてきた魔物達。軍隊のようにきれいに整列なんかしていない、姿形もバラバラな魔物達は、その無秩序が恐ろしさを際立たせていた。

「攻め込むか? 奴らもこちらに気づいているだろう」

「ええ。ただ魔物達は難しい策をこなせませんから、このまま行くしかありません。貴方はしばらく様子見を」

 ゴブリンとレイが魔物達に指示を出す。ラウラは途中から別行動を取っているのでこの場にはいない。戦況を見て動ける人員は俺だけだ。

「まあいいけど。今回は勇者もいないみたいだしな」

 軍隊の先頭には他の兵隊とは違う色の鎧を着た男がいる。隊長か何かだろうが、あまり強そうには見えない。魔族の戦力も分かっていないうちに仕掛けてくるあたり、指揮官としても大したことはないだろう。

 レイの指示が行き渡り、魔物が前進を始める。人間の方も何か大声を出す。そしていくつかの部隊に分かれて魔物に向かっていく。

 魔族と人間の、大規模な戦いが始まった。

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