親交

「お前、また来やがったのか!」

 朝、皆で食事をしていると食堂にまで響くほどの大声が聞こえてきた。

「お、あいつやっと起きたか」

「お寝坊さんね。子どもみたい」

 私ももう慣れてしまって、気にせずパンをかじり続ける。するとズンズンと足音を鳴らしてユーマがやってきた。その右手は三つ首の猛犬、になる予定の可愛い子の首根っこを掴んでいる。

「おはよう。ユーマ」

「……おはよう」

 ユーマは不機嫌な顔のまま椅子に座ってケルベロスを放り投げた。三つの口でワンワンと抗議したケルベロスは、相手にされないことを悟ってとぼとぼと私の足元に来た。なんだか落ち込んでいるように見えたので背中を撫でた。公平に頭を撫でるのは難しそうだったから。

「この子、せっかくユーマに懐いてるのに」

「毎朝、腹に飛び乗って顔を舐め回すのは愛情表現じゃなくて嫌がらせだ」

 苛々と朝食を摂りながら文句を言う。もう何日も同じ流れを見ているので、皆気にしていない。

 でも今日はゼクスが珍しく口を挟んだ。

「ケルベロスは成長すればそれなりに強くなる。今のうちに良好な関係を築いておけ」

「そうね。リンちゃんを守る番犬になってもらいましょうよ」

 不意に話が私のことへ変わっていた。ケルベロスは自分の話だと理解できていないのか、されるがままに撫でられて気持ちよさそうにしている。

「もう懐いてるみたいだけど」

「それじゃあ、あとは鍛えるだけだな」

 メルとバッカスも賛成のようだ。ゴブリンはレイの方を見て、私に頷く。レイの支配はちゃんとケルベロスに効いている。むやみに誰かを傷つけることはなく、訓練の度を超えるようなら静止させられる。

「分かった。じゃあ頑張って強い子にしようね、ユーマ」

「やっぱり俺かよ……」

 ユーマは嫌そうにしながらも、最終的には手伝うと約束してくれた。


 それから数週間、空いてる時間にユーマを訪ねて訓練を行った。

 最初の数日間、ユーマは魔法も剣も使わずに、外で拾った木の枝でケルベロスの相手をしていた。それでもケルベロスは枝の動きを捉えられなくて何度もその牙は空を切る。

 そしてついに数日後、ケルベロスの牙は木の枝を捕まえた。文字通り木っ端微塵になったそれを見て、私とユーマは顔を見合わせる。

「さすがに真面目にやらないとな」

 翌日、どこからか持ち出した鉄の棒を携えてユーマが宣言した。

 その言葉通り、身体強化の魔法を使ってケルベロスの牙を躱し続ける。ケルベロスも学習して前足の爪で攻撃を加える。

 三つの顔は前と左右を分担してユーマの動きを捕捉し、爪で棒を防ぎ、牙で襲う。

「え、強くない?」

「私、勝てないかも……」

 遠巻きに眺めていたラウラとアニーが驚いている。少し前まで、じゃれつく子犬があしらわれているようなものだったので、それも当然だ。今のケルベロスを正面から抑えられるのはユーマを除けばバッカスとゼクスくらいだ。状況次第ではラウラも入るけど。

「もういいんじゃないか。そこらの兵隊なら食いちぎれるくらいにはなったと思うが」

「うん。でもこの子を戦いには連れて行かないでね」

 十分強くなったけど、それは人間を襲うためじゃない。この子が自分を守れるようにするためだ。もう悪い人間に捕まって嫌な思いをしないように。

「分かってるよ。リンを守る番犬だからな」

 そういえばそんな話だった。そんなことをしなくても、敵がこの城まで来ることはないのに。

「じゃあ、後は俺以上に懐かれるように頑張ってくれ。いい加減、毎朝こいつに起こされるのはうんざりだ」

 言葉とは裏腹に、ユーマは少しだけ笑っていた。

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