救出任務
「この小屋か」
「ああ」
ある日の深夜。俺はゼクスと共にルージ大陸の北端、とある田舎町の外れにいた。
夕食を済ませてしばらくした後、突然部屋にゼクスが来て俺を連れ出した。魔法陣を使ったからメルには話を通してあったのだろう。
そしてここに来る途中で俺も事情を聞いた。
「本当に人間が魔物を捕らえているのか?」
「ああ。確認できているのはスライムとケルベロスの幼体。特にケルベロスは希少だからな」
「でも捕まえたって意味ないだろ。魔物を飼い慣らすことなんて出来ない」
知性のない魔物は本能だけで生きている。痛めつけても餌を与えてもそれで人間の味方にはならない。
「お前は人間を分かっていないな。人間の残酷さを」
ゼクスは小屋の扉を開けて躊躇いもなく中に入る。そこには人間も魔物もいなかった。ただ地下へ延びる階段があるだけだ。
「さて、踏み込む前に確認だ。この先には捕らえられた魔物と捕らえた人間がいる。間違えるなよ」
「分かってるよ」
一歩ずつ、自分の意志で階段を下りる。いまさら戦う相手を間違えたりはしない。
地下の空間は、地上の小屋の倍くらいの面積があった。
奥に二つの牢があり、その前に四人の男がいる。
「なんだ、お前。いつもの奴じゃねえな」
一番手前の男が俺を訝しげに見ている。元々、誰かが来る予定だったのだろうか。だが俺の後から下りてきたゼクスを見て顔色が変わった。
「つ、角……。てめえ魔物か。仲間を助けに来たとでも言うのかよ!」
「ああ、その通りだ。お前ら薄汚い人間にくれてやるほど魔物の命は安くない」
人型の魔物に怯んでいた男達は、ゼクスの挑発に乗って激昂した。
「ふざけやがって。魔物の命に価値なんかねえんだよ」
男達は斧やナイフを持って戦闘態勢を取る。
その人間に対して、俺は何の感情も持たずに剣を振った。魔法で大きくなった剣は一振りで三つの体を上下に分けた。
残った一人は仲間達の亡骸を見て放心している。ゼクスがゆっくりとその男に近づき、首筋に咬みつく。咬まれた男は小さな呻き声をあげて気絶した。
「不味い血だな」
「嫌なら飲むなよ」
不満をもらすゼクスを横目に、俺は牢の鍵を剣で壊す。
一方の牢にはスライム、もう一方には三つ首の猛犬のような魔物がいた。
スライムは感情どころか顔の位置さえよく分からない。レイはもっと分かりやすく目や口の窪みがあるが、あえてそうしてくれているのだろうか。
三つ首の猛犬、ケルベロスは牢の隅で小さくなっている。三つの顔はどれも元気がなく、泣き出しそうにも見えた。
ケルベロスを抱き上げて、首の周りをスライムに張りつかれた俺は、小屋を出てからゼクスに尋ねた。
「なんで一人だけ生かした?」
「残したのはお前だろう」
「茶化すな。お前がやらないから何かあるんだろうと思って放置したんだ」
血を吸いきってしまうことも出来た。不味くてやめたなら普通に殺すことも出来た。それでもあえて生かしておいたのは理由があるはず。
「奴らは、捕らえた魔物同士を戦わせ、その勝敗で賭博をする連中だ。ここにいたのは下っ端だがな。もっと上の奴らに恐怖を与えるには全滅させるより、魔物を連れ去ろうとすればこういう目に合うと伝える奴がいた方が効果がある」
「魔物で、賭博試合を……」
王都にいた頃、貧民街に奴隷を戦わせる賭博場があることはなんとなく聞いたことがあった。それでさえほとんど表には出ない話だ。
それでも、人間がそこまで狂っているとは思っていなかった。人間の試合では飽き足らず、わざわざ危険な魔物を捕らえて戦わせるほどの狂気を持っているなんてことを、俺は一度も考えたことがなかった。
城に戻った後、助けた魔物をユーマに預けて俺は自室で一人酒を呑んでいた。
スライムはレイが支配下に置くだろう。ケルベロスはまだ幼体だが、知性が全くない種族ではない。きちんと躾けてやれば番犬程度には使えるはずだ。リンやアニーが気に入れば世話を任せてしまえばいい。
それよりも、俺にとっての嬉しい誤算はユーマのことだ。
正直なところ、まだ人間の世界に未練があると思っていた。勇者に居場所を奪われたといっても、ただの人間としてだったら生きていける。だから、人間を殺すという最後の一線だけは越えられないのではないか。
「ふっ……」
笑えるほどに、俺の予想は全くの見当違いだった。ユーマはあっさりと同族の人間を殺め、魔物を救った。奴はもう十分、我々魔族の仲間だ。
それでも俺の目的にはまだ足りない。もっと魔族を、なによりリンを大事にして思ってもらなければ。
そうでなければ、俺が奴に求める役割を果たすことはできない。
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