訓練

 ある日の昼過ぎ。暇つぶしに城の外の広場へ行くと、先客がいた。

「あれ、ユーマだ。珍しい」

「どうしてここに……」

 アニーとインベルだ。あまり見ない組み合わせだった。アニーはリンやラウラと一緒にいることが多いし、インベルは基本的に一人で行動している。

「暇だから体を動かそうと思ったんだけど、邪魔したか?」

「大丈夫だよー。インベルは誰とでもこんな感じだから」

「ごめん……、人と話すのは苦手で……」

 ひどく対照的な二人だ。それでも邪険にされないだけマシか。

「ちょうど今私とインベルで合体技の練習してたの! ユーマも見ていてくれる?」

「合体技……」

 なんとなく幼稚な響きだ。

 そういえばまだインベルがどういう種族なのか聞いていなかった。良い機会だし、見せてもらおう。

「まあいいよ。インベルもアニーと同じ悪魔なのか?」

「違う……。俺は、その……」

 インベルは途中まで言いかけて黙ってしまった。聞いちゃいけなかったのか、と視線でアニーに尋ねる。

「言っていいよね? インベルは堕天使だよ」

 天使は悪魔とともに伝説上の種族だ。そして魔物とは少し違って人間の味方だと言われている。

「堕天使って、資格を剥奪された天使だったか」

「そうだ。……俺は、仲間達を裏切った」

 それだけ言ってまた黙り込む。さすがに今日初めてまともに話したのにこれ以上聞くのは野暮だろう。

「よ、よし。練習だったな。どんな技なんだ?」

「私の能力はこの前見たよね。悪魔は歪んだ形で人の願いを叶える。でも天使はちゃんと願いを叶えるの。対象は心の綺麗な人間に限るけど」

「じゃあダメなんじゃないか」

 真逆の能力でどうやって組み合わせるつもりだ。いや、でも堕天使はまた違うのか。

「……堕天使は人間の敵になる。だから能力も変化して、俺はアニーの力を増幅させられるようになった」

「え、アニーだけ? 他の奴には使えないのか?」

「えへへ。いいでしょー」

 アニーがなぜか照れたように笑う。悪魔にだけ有効なのか、それとも特別な理由があるのか。二人ともこれ以上説明する気はないようなので聞いても無駄だろう。

「いつもはメルちゃんに手伝ってもらうんだけど、ユーマが来てくれてちょうどよかったよ」

「てことは、インベルがアニーの能力を強化して、俺の願いを叶えるんだな。……それ、俺が襲われない?」

 アニーは悪戯っぽく笑って、質問で返してきた。

「あなたの望むものは何?」


 夕暮れまで戦闘訓練を続けた俺は疲れ果ててその場に倒れた。

「お疲れさま。ちょっとやりすぎちゃったね」

「ごめん……、まさかバッカスとゼクスが同時に出てくるとは思わなかった」

 インベルが申し訳なさそうに縮こまる。

 最初に現れたのはやはり勇者だった。一度直接戦った分、正確にイメージすることができた。ただ強さは実物より数段上で、先日より苦戦した。

 さらにその後ゼクスが出てきて、バッカスまで出てきたらまずいな、と考えてしまったのが最大の失敗だ。

「いや、俺もいい運動になった。それより、ゼクスも黒い翼が生えてるんだな」

「ああ。元々は白かったが、俺は満足している」

 珍しくはっきりと答えた。代わりにアニーがまた照れくさそうにしている。

「気になったんだが、二人とも能力を使っている間、無防備すぎないか?」

「え、でも飛んでるから安全だよ」

「それでもだよ。飛び道具使う相手だっているし、回避重視にしても武器の一つくらい持った方がいい」

「……ありがとう。考えてみる」

 以前の戦闘で見たアニーはあまりに危なっかしいと感じた。インベルも同じことを思っていたのだろう。

「じゃあ、俺は先に戻るよ」

 二人にそう告げて城に向かう。それほど歳は変わらないのに、あまり一緒にいると十代の若さというか、甘酸っぱさみたいなものに当てられておかしくなりそうだった。

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