休暇
勇者一行との戦闘と歓迎会が終わってひと月が経った。
あれから人間側には特に動きもなく、平穏な日々を過ごしている。やはり、あの時ベルクス大陸に現れたのは奴らにとっても不慮の事故のようなものだったのだろう。
そうでなくとも魔族との力の差は身に沁みたはず。こちらから仕掛けない限り、しばらくは膠着状態だ。
「ユーマ。ちょっといいか」
「ん、どうぞ」
部屋に篭って剣の手入れをしているとゼクスが来た。俺をここに引き入れた張本人。そのわりに普段どこで何をしているのかは不明で、ここ数日は食事の時くらいしか顔を合わせていない。
「剣の手入れか。都合が悪いなら出直すが」
「いや、大丈夫だ。もう終わる」
綺麗になった刀身を眺め、満足して鞘に戻す。武器の手入れは俺の数少ない趣味のようなものだ。汚れた刀身をピカピカにするだけで、何でも切れる気分になれる。
「で、どうしたんだ」
改めてゼクスに向き直る。ゼクスはいつもの薄ら笑いを浮かべて言った。
「なに、最近は落ち着いているから、今のうちに酒の楽しみ方を教えてやろうと思ってな」
「なに言ってんだ。俺だってそのくらいは……」
「分かっていないだろう」
途中で遮られて言葉を詰まらせる。
俺はこいつと出会った時も泥酔状態だった。それだけでなく、先日の歓迎会も記憶がある時点を境に途切れている。後から聞いた話では、バッカスに飲み比べを挑んであっさり潰れたらしい。
「歓迎会の時だけではない。週に二、三度は酒を飲んで、二回に一回は潰れて部屋まで運ばれているらしいな」
「あー、まあ、そんなこともあったかもなぁ……」
ここに来る前は毎晩飲んでは潰れてを繰り返していた。それほど現実を忘れたかったというのもあるが。
「俺のところにまで苦情が来た。連れてきたんだから責任持って面倒見ろ、と」
もはや言い訳のしようもなく、ただただ目をそらす。ゴブリンの部下の小鬼達に運ばれたり、食堂で飲んだまま眠って朝起きてきたリンに怒られたり。
「さすがにこのまま放置は出来ない。ということで、今日は幹部の酒豪組を呼んである。二度と二日酔いなんてしないように我々が酒の飲み方を教えてやろうというわけだ」
「……なんかつまらなそうな飲み会だな」
「そうか。それなら今後はお前が潰れる度にやってやろう」
こいつは俺のことを苛めるために連れてきたんじゃないだろうな。
その後しばらく嫌味を言われて、渋々俺はゼクスとともに部屋を出た。
食堂に行くものだと思っていたら、ゼクスは食堂を通り過ぎて別の部屋の前まで進む。
「どこ行くんだよ。食堂じゃないのか?」
「ああ。こっちだ。お前は気づいてないだろうが、食堂で酒盛りすると他の奴らが迷惑そうにしてるんだ」
また嫌味を言ってゼクスが扉を開ける。
そこは食堂より大分狭い代わりに店のようなバーカウンターがあった。
「お、来たか」
一番右の席に座っているバッカスが俺達に声をかける。その隣にはメル、カウンターの奥にはラウラがいる。
「あれ、メルは未成年じゃないのか?」
「なに言ってんだ。一番の年長者に、……痛ぇっ!」
「……」
メルが無言でバッカスの足を踏む。冗談みたいなやり取りだがバッカスが痛がるって相当強くないか。
「女の子の歳を詮索しちゃだめよ。それより何にする? お二人さん」
「任せる。今日はこいつに落ち着いた酒の楽しみ方を教えてやってくれ」
ほどなくラウラからグラスを渡され、五人で飲み始めた。
話は日頃の愚痴に始まり、徐々に過去の話に変わっていった。
「勇者を育成って、無茶なことするわね」
「へえ。人間なら誰でもいいってわけじゃねえんだな」
「伝承くらい知っておけ」
「私が知っている限りでもこの世界が勇者になったことはないはずだけど」
俺の過去を聞いて各々感想を述べる。俺自身のことより伝承の話になっているのが気になるが。
「そんな時にゼクスに会ったんだ」
「そうだったのね。いきなりゼクスが人間連れてくるから驚いたわ。彼、普段は私達ともあまり関わろうとしないのに」
「そうなのか?」
言われてみれば、俺もここに来てからあまりゼクスと話していない。他の奴らにとってもそうだったのか。
「俺はいろいろと忙しいんだよ」
ゼクスが誤魔化すように答える。城の中で見かけることが少ないからどこかに出ているんだろうとは思っていたが、詳しく話すつもりはないようだ。
「俺らはこうしてたまに話すからいいけどな」
「リンちゃんの相手もしてあげなさいよ」
「ユーマが代わりに相手してくれるだろ」
「お前、そのために俺を連れてきたのかよ」
そしてまたなんでもない話を繰り広げる。
それから数十分が過ぎた頃、不意に俺達四人があることに気づいて同じ方を見る。
「……」
メルが微かな寝息を立てていた。そういえばしばらく話に入ってきていなかった。
「メルはいつもすぐ寝ちゃうのよ。二日酔いしてるところは見たことないから、酔い潰れたわけじゃないんでしょうけど」
ラウラが俺達のグラスを回収して洗い始める。今日はこれでお開きか。
「どうだ、ユーマ」
「え、何が?」
突然ゼクスに聞かれる。何のことを聞いているのか分からなかった。すると少し馬鹿にするような顔で俺に言った。
「潰れるような飲み方をしなくても、それなりに楽しめるものだろう」
そう言われるとなんだか負けた気分になるが、その通りだった。それに自分の過去を人に話せたことも初めてだった。
ただ一つ心残りなのは、伝承についての話になったとき。なぜリンが魔王なのかを聞きそびれたことだ。俺にはまだその理由が分からなかった。
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