過去
魔王が全ての魔族を統べる刻、異なる世界から一人の人間が現れる。其の者は魔を滅する剣を抜き、魔王と相見え、世界に平和が訪れる。
これがこの世界に古くからある伝承だ。
俺はルージ大陸で生まれた。王都の隣の小さな街だ。
親はいない。物心ついたときから路地裏で生きていた俺は、五歳の頃に憲兵に連れられて王都に入った。着いた場所は、子どもばかりを集めた訓練施設だった。
その頃、大陸中で魔王が現れたという噂が流れていた。だが伝承にある勇者は一向に現れなかった。
業を煮やした人間達は、この世界で勇者となる者を育成しようと考えた。
魔を滅する剣は、勇者にしか抜くことは出来ない。どれだけ力を込めても、その資格を持つ者でなければ鞘からほんの少しも動かないらしい。逆に言えば、剣さえ抜ければ勇者足り得るということだ。
だから子どもを集めて、体を鍛え、思想を植え付け、都合の良い勇者を創り出そうとしたのだ。
俺はその施設の中で最も強かった。元々一人で生きていく中で戦い慣れていたし、剣術は肌に合っていてさらに周りとの差を広げることが出来た。
だが俺達の出番は無く、伝承通りに勇者が現れ、当時の魔王を討ち取った。その後、勇者も消え去った。役目を果たして元の世界に帰ったのだと言われている。しかし人々は勇者がいないことへの恐怖を忘れられず、勇者育成の計画は続行されていた。そして数年前から再び魔王が顕現したとの噂が流れ始めた。
その頃、俺は勇者候補として軍の会議に参加したり接待を受けるようになっていた。皆はっきりとは言わなかったが、俺が勇者になるものだと感じていた。
それでも勇者の剣を抜くことは許されなかった。もし抜けなかったら、また異世界の人間が訪れるのを待つだけの日々に戻ってしまうからだ。
俺もそれでいいと思っていた。剣に拒絶されれば、今の暮らしは無くなってしまう。良くて一兵卒、最悪の場合は元の野良犬同然の暮らしに逆戻りだ。だから剣のことは俺も周りも触れないまま数年が過ぎた。
そして、伝承の通り異世界から一人の人間が現れてしまった。その男はあっさりと勇者の剣を抜いた。俺が触れることすらなかった、あの剣を。
その瞬間、俺は自分が用済みになったことを悟った。
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