帰還

 なんて恐ろしい能力だ。

 俺は勇者の相手をしながら横目でアニーと魔法使いの戦いを見ていた。

 人形は二手に分かれてそれぞれ敵を狙う。黒帽子の人形も杖で直接攻撃していることから、さすがに魔法は使えないようだ。

 だが黒帽子は自分の人形、白帽子は勇者の人形の相手で手一杯になっていた。

「くそっ、なんなんだよお前らは!」

 勇者が悪態をついて剣を構える。

「もういいだろう。お前らはここで終わりだ」

 俺がそう言うと、勇者はまっすぐこちらに向かってきて剣を突き出す。それを躱して、横から胴を蹴り飛ばした。

 弱すぎる。

 魔力による身体強化も碌に出来ていない。剣術も学んでいるようには見えない。ただ闇雲に剣を振っているだけだ。

「俺は、こんな奴のせいで……」

 怒りと虚しさが心を蝕む。幼い頃から勇者になるべく鍛えてきて、少しずつ認められてきたところだったのに。俺は、こんな奴に居場所を、存在意義を、奪われたというのか。

「っ、きゃあ!」

 横から槍使いのリザが飛ばされてくる。すでに槍は折れて、立つことがやっとの状態だった。

 当然だ。勇者が俺に何度も向かってきている間、あいつは一人でバッカスの相手をしていたのだから。

 むしろここまでよく耐えたものだ。

「もう終わりだ。後ろの二人もじきに……」

 と言いかけて、俺は気づいた。

 アニーの創り出した勇者と戦っている、白帽子の魔法使いが魔力を溜めていることに。

「アニー! 早くとどめを刺せ、白い方だ!」

「そうはさせない!」

 黒帽子が魔法を使う。最初に撃ったのと同じ、火の弾の魔法だ。だが一発だけではなく、何発も連続で撃ち続ける。

 狙いは荒いが容易には動けない。俺は剣で防ぎ、アニーは飛び回って回避している。

「しゃらくせえ!」

 バッカスだけが持ち前の頑丈さで白帽子の方へ近づいていった。

 だが、間に合わない。

「行きます!」

 四人の体の周りが一斉に光る。転移魔法だ。

 無理に割り込めば、光に入った部分だけが持っていかれる。

 油断していた。勇者を仕留めるには十分な時間があったのに、余計な感傷に浸っていたせいで仕損じた。

 俺が勇者を睨むと勇者も睨み返してきた。散々やられて怒っているだろう。

 だが俺の怒りはそんなものじゃない。

「次は殺す」

 俺が言うのと同時に、勇者達四人はその場から消え去った。


「ごめんね、私が転移に気づかなかったせいで……」

 アニーがしょんぼりと俯く。

「まあ仕方ないさ。あの程度だったらいつでも倒せる。なあ、バッカス」

「おう。あんまり弱いんで俺も油断しすぎちまった。ま、次やるときが奴らの最期だろ」

 結局、槍も火もバッカスの体に傷をつけることはなかった。最初に言った通り、バッカス一人でも勝てる相手だったわけだ。

「それで、帰りはどうするんだ? 俺は転移魔法なんて使えないぞ」

「大丈夫だよ。帰りもメルちゃんがやってくれるから」

 そして俺達の体が、先ほどの勇者達と同様に光る。行きの時といい、アニーの言葉を合図にしているかのようなタイミングの良さだ。


 光が収まって周囲を見渡すと、例の転移部屋だった。無事に戻ってきたらしい。

「さて、とりあえず報告に行くかねぇ」

「まあ皆で見てたと思うけどね。あ、ユーマは知らないだろうけど、ロックがそういうの得意なんだよ」

「そういや、ロックの索敵であいつらを見つけたとか言ってたな」

 そんな話をしながら会議室に向かって歩いていると、当の本人が現れた。

「おかえり。無事で、なにより」

「ただいまー。どうしたの? わざわざ出迎えに来てくれたの?」

 アニーが軽いノリで尋ねる。俺もここ数日で、突然目の前に骸骨が出てきても驚かなくなった。人間としてどうなのかという気にもなるが、意外と慣れるものだ。

「皆、会議室、じゃない。食堂、にいる。それを、伝えに」

「伝令役をロックにするって、どういう判断だよ……」

「リンが適当に選んだんだろ」

 うちの魔王様は適材適所って言葉を知らないのか。

「それにしても、無傷とはいえ俺達が戦ってる間に残った奴らは飯食いながら観戦してたのかよ」

 誰にともなくぼやくと、アニーに笑われた。

「ユーマ、もう忘れてるの?」

「ん、何を」

「おいおい、一応お前がメインだぞ」

 バッカスにまで笑われる。何の話だ。

 やがて食堂の前に着き、ロックが俺の方に向き直る。

「ユーマ、ここで、待て」

「え、なんで」

 バッカスとアニーが揃って噴き出した。ロックのゆっくりした口調のせいで犬に言い聞かせているみたいだった。

「いいからいいから。待て、だよー」

「よしって言うまでちゃんと待ってろよ」

「うるせえ!」

 騒ぎながら食堂に入っていき、すぐに扉を閉められる。俺抜きで内緒話でもしたいのか。勇者達と正面切って対立したというのにまだ信用されていないと思うと少し悲しい。


 そのまま数分待つと中からリンの声がした。

「ユーマ。入ってきていいよー。……え、なに? ユーマ、よし!」

 あいつら、馬鹿にしやがって。苛立って眉間に皺を寄せながら扉を開けて中に入る。

「お前ら、何を……」

 ぱん。ぱんぱん、ぱんぱんぱん。

 軽快な破裂音が一発響き、次々と同じ音が鳴る。

「な、なんだよこれ」

 きらきらと光る小さな紙が頭や肩に降りかかる。どうやらただのクラッカーだ。

「もう。本当に忘れてる。戻ったら歓迎会って言ったでしょ!」

「あ」

 そういえばそうだった。リンや幹部連中は一つの大きなテーブルを囲んで俺を迎え入れる。

 テーブルの上には豪華な料理に酒とジュース。

「皆、飲み物持った? ……それでは魔王様、お願いします」

 ラウラに促されてリンが一歩前へ出る。

「それでは、ユーマの歓迎会を始めます。かんぱーい!」

「乾杯!」

 リンの声に合わせて全員でグラスを掲げる。

 その日の酒は、今まで飲んだ中で一番美味かった。

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