邂逅

「それで、どうやってベルクス大陸まで行くんだ?」

 会議室を出て、バッカスとアニーの後ろを歩く。城の中のどこかに向かっているようだ。

「転移用の部屋があるの。メルちゃんお手製の魔法陣があるんだよ」

「うちでそういう器用なことが出来るのはメルだけだからな」

「なに?」

 二人の言葉に眉をひそめる。

 どんな生き物でも大なり小なり魔力は持っている。だが魔物が魔法を使うことはできない。ゼクスの黒い弾のように、種族ごとに固有の能力を使うことはできる。だがそれ以外の使い道はない。

「メルのことは本人に聞け。勝手に話すと怒られんだ」

「あの子がそんなに怖いのか? お前より強そうには見えないぞ」

「怖いよー。怒らせたら魔法陣使えなくされちゃうから、どこにも行けなくなっちゃう」

「……なるほど」

 この山脈から転移なしで移動するのは簡単ではない。とはいえこの周囲で取れる食料もたかが知れている。メルはこの城で生きるための生命線というわけだ。

「さあ、そんなことより着いたぞ」

 バッカスが立ち止まり、目の前の扉を開ける。

 その部屋には何もなかった。机も椅子も、何一つない。せめて照明くらいは付けてほしいものだ。入口から差し込む僅かな光が無ければ、何もないということさえ分からなかった。

「魔法陣ってのはこれか」

 地面には六芒星と三つの円を重ね合わせた模様が描かれている。ゼクスとともにこの城に来た時は戦闘の疲労と酒の酩酊状態であまり覚えていなかったが、やはり人間が編み出した転移魔法のものだ。

「行き先の調整は済んでいるのか?」

「ああ。お前らが会議室に来る前にな。ゴブリンがメルには先に話して準備させておいたらしい」

「じゃあ行こっか!」

 声に反応したように魔方陣が光った。天井まで伸びた光は俺達の体を包み込む。

 そして俺達三人はその部屋から消え去った。


 跳んだ先は森の中だった。

 背の高い木々と草花。鳥の鳴き声に動物の唸り声。息を潜めているようだが、魔物の気配も感じる。

「心配しなくても、ここにいる魔物はレイの支配下だから襲ってきたりしないよ」

「レイって、あのスライムが統治してるのかよ」

 会議室で見たときから気になっていた。本来、スライムは魔物の中でも最弱の部類だ。それなりの強度の武器や防具を使えば人間でも簡単に勝てる。

 そんなスライムが、大陸も越えた先の魔物にまで影響を及ぼしているというのか。

「で、肝心の勇者はどこにいるか分かるか。アニー」

「さあ。ちょっと上から見てくるよ」

 アニーの背中から漆黒の翼が生える。同時に、額から一筋の線が現れる。横にまっすぐ伸びた線は徐々に広がっていく。

 翼と第三の瞳を持つ魔物。現代ではおとぎ話の域まで達した、天使と並ぶ伝説上の種族。

「悪魔……」

「はーい。悪魔のアニーだよ。改めてよろしくね」

 笑顔でウインクしてアニーは飛んだ。噂に違わぬ姿で、今まで通りの軽い言葉で。

「驚いたか。人間からしたらアニーとインベルは信じられない存在だろうな」

 バッカスの言葉を聞き流す。今のアニーのことでさえかなりの衝撃だったのに、これ以上は聞きたくない。

 そのまま何を話すでもなく待っていると、三分程度でアニーが戻ってきた。

「ただいまー」

「おう、見つかったか?」

「うん。すぐ近くだよ。東に少し進むと森を抜けて丘があるの。そこに人間が四人。今は休憩中みたいだったよ」

 アニーが喋りながら着陸する。翼と目だけ見ればはっきりと悪魔と分かるのに、幼さの残る顔と性格のせいで怖さを感じないのが勿体ない。

「じゃあ行くか。たった四人なら俺一人でもお釣りがくるぜ」

 バッカスが先頭を歩き出す。実際、バッカスだけで圧しきれるとは思う。勇者はまだこの世界に慣れていない。噂では魔法のない世界から来たとも聞いている。おそらく戦闘力はほとんどないだろう。むしろ周りの三人の方が厄介かもしれない。

「アニー。勇者以外はどんな奴らだった?」

「えーっと、女の子が三人だったよ。槍を持ってるのが一人と杖を持ってるのが二人で……」

 魔法使いが二人か。単純な攻撃や防御くらいならいいが、搦め手で来るようなら厄介だな。俺もバッカスも直線的な攻撃ばかりだし、アニーも頭脳派には見えない。

「不意打ちで一気に片付けよう」

「まずは魔法使いからだな」

 バッカスも同じことを考えたようだ。やはり俺と同じで、頭脳派ではないが馬鹿でもない。いくら戦闘力で勝っていても、幻を見せられたり動きを止められたりしたらどうにもならないと分かっている。

 面倒な魔法を使われる前に魔法使い二人を無力化する。勇者と槍使いだけなら単純な力量の差で倒せばいい。

「木の影に隠れて。この先は遮蔽物が無いから見つかるよ」

 あと少しで森を抜けるところで、手近な木に隠れる。俺の目にも人間達の姿が捉えられた。

 五十メートルほど先、一人の男とそれを囲むように三人の女がいる。女達に見覚えはない。ただ、あの男の顔だけは忘れるはずもない。

「気づかれてるな」

「私は見つかってないよ!」

 小声で話し合うが、おそらくここにいることもバレている。勇者は狼狽えているようだが周りの三人、特に槍を持った女は臨戦態勢だ。

 何か周囲を探知するような魔法でも使ったのだろう。

「問題ねえよ。ユーマは俺と一緒に飛び出せ。アニーは上から適当に援護してろ」

「ああ、了解」

 返事をして一呼吸置く。

 そしてタイミングを合わせて俺とバッカスは森を抜けて駆け出した。


「来ました。二体!」

 杖を持って白い帽子を被った女が、一番早く俺達に気づく。残りの三人もこちらを向いて陣形を整える。

 先頭に槍使い、その後ろが勇者、そして更に後ろに魔法使いの二人。

 はっきり前衛と後衛に別れるかと思ったがそうではない。これは勇者を守るための陣形だ。どこから来ても勇者に手は出させないつもりなのだろう。

「おらあぁぁぁ!」

 バッカスは人型のまま地面を蹴り進んでいく。槍使いが迎え撃とうと少しだけ前に出た。

 バッカスの拳と女の槍がぶつかる。だが受け止められるはずがない。

 予想通り女は後ろに吹き飛ばされ、勇者がその体を受け止めた。

「大丈夫か、リザ」

「くっ……、平気よ」

 リザと呼ばれた槍使いが再び構える。だが槍を持つ手に力が入っていない。勇者も剣を取るが、明らかに震えている。

 バッカスの一撃で、勝てる相手ではないことが分かったのだろう。

 次で終わらせるつもりで俺とバッカスが踏み出そうとしたところで火の弾が飛んできた。

「はっ!」

 剣に魔力を込めてそれを弾く。大した力のない、基礎的な魔法だ。


 やっぱり魔法は厄介だなぁ。

 上から戦いを見ていた私は後方の二人に視線を合わせる。

 今は足止めのために速さ重視で簡単な魔法を使っているが、それしか出来ないなんてことはないだろう。気になるのは、黒い帽子の人ばかり魔法を撃っていて、隣の白い帽子の方が何もしていないことだ。

 何か大技の準備かもしれない。となれば、それを止めるのが私の役目だ。

 私は魔法使い達に向かって急降下した。

 突然現れた三人目の敵に困惑する二人に私は問いかける。

「あなたの望むものは何?」

 え、と黒帽子が不思議そうに小さな声をもらす。

 そして私の中に一つのイメージが湧く。黒帽子と勇者が並んで歩いている風景だ。

「ありがと」

 準備完了。能力を発動する。

 私の翼と同じ、真っ黒の人形が二つ現れた。

「これ、私……?」

「こっちは勇者様……」

 そう、全身が漆黒に覆われているが、二つの人形は黒帽子と勇者の姿をしている。

 これが私の能力だ。悪魔は人間の望みを歪んだ形で叶える。悪魔の問いかけに声を返してはいけない。

 黒帽子は答えたわけではないが、小さく声を発した。それだけで私は心の奥底の望みを知ることができる。

 そして望み通り二人は寄り添って歩く。人間を倒すために。

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