初陣
命懸けの腕試しから二日が経った。
俺はあれ以降、特に何をするでもなく過ごしている。
一日は城の中を見て回り、すれ違った奴らと話をした。
もう一日は城の中まで出てみたがろくに道もない山の中でやることもなく、すぐに引き返した。
なぜリンが魔王なのか、その答えは聞けていない。ただゼクスが一言、
「ここにいればそのうち分かる」
とだけ言っていた。
「ユーマ!」
城の廊下で突然背後から名前を呼ばれる。振り返る前から声で相手は分かっていた。この城に何人子どもがいるか知らないが、今のところ俺を呼ぶ少女は一人しかいない。
「リン、なにしてるんだ?」
「あのね、遅くなっちゃったけど、今度こそ歓迎会してあげる! 今はその準備中なの」
まだやるつもりなのか。
バッカスとの手合わせの後、会議室に戻るとご機嫌ななめのリンと、それを優しく見守るラウラがいた。ゼクスの言った通り、リンは皆で楽しく歓迎会をしたかったらしい。
昨日まではすれ違っても不機嫌そうにしていて、どうにもならなかった。誰かが宥めてくれたのか、今はまた随分とご機嫌だ。
「手伝うよ。準備ってなにをするんだ?」
「とりあえず、お料理とケーキをいっぱい!」
とても分かりやすい説明だった。魔物達はどれだけ食欲旺盛なのだろうか。リンとラウラは二人でホールケーキ平らげていたし。
「でも、そんなにのんびりしてていいのかねぇ……」
「え? ……ダメかな?」
リンはよく分かっていないようで、首を傾げている。
どこかの世界から魔王を倒すための勇者が現れたというのに、この子も周りの魔物達もこんなに呑気に構えていていいのかよ。
「……まあ、他の奴らがいいならいいさ」
「じゃあ厨房に行こ! ラウラとアニーもいるから!」
リンはぱっと明るい顔をして、俺の手を引いて走り出す。
別に誰がいてもいなくても、どうでもいい。あの勇者と人間どもに復讐できれば、それでいい。
厨房ではラウラとアニーが料理をしていた。ラウラは会議で俺が入ってきたときに話していた女だ。アニーはゼクスの隣に座っていた。
どちらも人間とあまり変わらない姿で、ラウラは俺より年上、アニーは年下に見える。どういう種族かは分からない。
「あら、リンちゃん。主賓を連れてきちゃったの?」
「えー、せっかくいろいろ仕込んでおこうと思ったのに」
二人は俺とリンに気づくと声をかける。若干不穏な言葉も聞こえたが気にしない。
「良い機会だから、どんなもん食ってんのか見ておこうと思ってな。邪魔なら出て行くけど」
「別にいいわよ。皆で食べるものなんだから、変なことはさせないわ」
俺一人ならいいみたいに言うな。あまり歓迎されていないのだろうか。そういえばラウラは俺の加入に反対していた。
「それで、皆は普段どんなものを食べてるんだ? 今までの食事は普通だったが」
「意外かもしれないけど、食べ物の好みはどの種族も人間とそう変わらないよ」
てっきり今まで俺に出てきた料理は人間用で、魔物用の食事が別であるものだと思っていた。
「でも、人間食うんだろ?」
「まあ食べる種族の方が多いわね」
「人間だって牛とか豚とかいろいろ食べるでしょ? そんな感じだよ」
こともなげに言われるが、この場に人間に対して言うことではない。リンはよくこの環境で生きてこられたな。
「リン美味そう、とか思ったことは?」
試しに聞いてみる。皆の視線を受けても、リンはよく分かっていない顔をしていた。
「私は食べないよ。仲良しだもん。ね?」
「ねー」
リンとアニーがキャッキャとはしゃぎ、ラウラが微笑ましそうに眺める。
なぜリンが魔王なのか。ゼクスは見ていれば分かると言っていたが俺には分かりそうにない。
少し疎外感を抱きながら料理を手伝っていると、小鬼が慌てた様子で入ってきた。
「皆さん、こちらにいましたか。申し訳ありませんが、緊急の用件です。会議室へお越し下さい」
「ゴブちゃん。どうしたの?」
「アニー様、詳しくは全員で。他の方々はもう集まってますので」
ゴブちゃんと呼ばれた小鬼は踵を返して歩き出す。俺達はよく分からないままその後についていった。
会議室に向かう途中、俺は小声でラウラに聞いてみた。
「悪い。まだ全員の名前を覚えていないんだが、あいつの名前は?」
「ゴブリンよ。ゴブちゃんとかゴブとか、みんなそれぞれ勝手に呼んでるけどね」
小鬼のゴブリン。それからゼクスにバッカス、ラウラ、アニー。俺が名前を知らないのはあと四人か。
「あとはね、女の子がメル。ぷにぷにしてるのがレイ。ユーマの隣の席の細いのがインベルで、その隣のもっと細いのがロック」
話に混ざりたかったのか、リンも小声で説明する。リンの中ではスライムはぷにぷに、骸骨は細いという認識らしい。
リンの紹介を聞いていたらちょうど会議室に到着した。ゴブリンが扉を開けると、すでに他の六人は座っていた。
「お待たせしました。これで全員です」
「それでは魔王様、お願いします」
席に着くとゴブリンとラウラが場を仕切り、玉座に座ったリンが以前と同じように号令をかける。
「それでは魔族会議を始めます。ゴブリン、お願い」
呼ばれて、ゴブリンが立ち上がる。やはり子どものごっこ遊びに大人たちが付き合ってあげているみたいで緊張感に欠ける。
「人間側に動きがありました。こちらをご覧ください」
部屋が暗くなり、二つの長いテーブルの間に地図が浮かび上がる。地図上には三つの大陸があり、赤と青の二色に分けられている。
「これは……、勢力図か」
「ええ。赤が我々魔族、青が人間のいる地方です」
四角の地図の中、左上、右上、右下にそれぞれ大陸があり、小さな島を除けば後は海だ。
右下のルージ大陸はほとんど人間の領地、左上のヤンク大陸は全て魔族の領地。右上のベルクス大陸は七割程度が魔族の領地となっている。
「俺がゼクスと会ったのはルージ大陸のウルって街だが、ここはどの辺りなんだ?」
「ヤンク大陸だ。詳しい場所は省くぞ。どうせ余所との行き来は魔法で跳んでいくから知る必要もない」
やや冷たくゼクスが答える。まだ信用してはいないのか。今さら魔族の情報を人間側に流そうなんて思っていないのだが。
「それで、人間がどうしたって?」
「おそらく、勇者が動きました」
その言葉に俺の意識が持って行かれる。ここがどこかなんて些細なことだ。問題は勇者がどこにいるのか、何をしているかだ。
「詳しくは、俺が」
突然、骸骨のロックが喋りだした。今まで一言も話さなかったので、喋れないのかと思っていた。
「俺の索敵に、反応があった。ベルクスの、こちらの領土。数は、四つ」
「四つ? 四人だけで攻めてきたってこと?」
「分からない。突然、現れた。ほとんど、動いて、いない」
喋れないわけではないが、ひどくゆっくりとした口調でロックが説明する。要するに、四人の人間がいきなり現れ、何をするでもなく突っ立っている、と。
「攻めてきたわけではないのだろう」
「それなら、向こうにとってもイレギュラーな事態かしらね」
ゼクスとラウラの意見はたぶん正しい。あの勇者はある日突然ウルの街に現れた。同じことができるなら、いきなり別の大陸に現れるのも頷ける。
「だったら、さっさと仕留めようぜ。それで魔族は安泰だろ」
「いえ、まずは様子見です。罠の可能性もありますので、少人数で」
バッカスとゴブリンが意見をぶつける。
俺もバッカスに賛成だ。だが冷静に考えれば、万全を期すべきだというゴブリンの考えも理解できる。
「俺は、索敵がある。ここで、待つ」
「私もロックの索敵に合わせて転移の魔方陣を調整するからここにいる」
ロックとメルが留守番を名乗り出た。リンも当然残るとして、バッカスは行くつもりだろう。俺も名乗りをあげるべきか、ここは我慢すべきか。まだ信用されきっていない状況で人間に関わろうとするのは余計な疑いを持たれるかもしれない。
そんな俺の葛藤も知らず、バッカスが言い放った。
「行くぞ、ユーマ!」
「いいのか? そのまま人間側に着くかもしれないぞ」
思わず心にもないことを言ってしまう。だがバッカスはそれを笑い飛ばした。
「そんなつもりねえことは分かってんだよ。他に行きたい奴はいねえか?」
「ちなみに、場所はこの辺りです」
ゴブリンの言葉で勢力図のある一点が光る。ベルクス大陸の中央部だ。それを見てアニーが手を挙げた。
「私が行くよ。水辺じゃないならラウラより私の方が戦えるし。インベルはやる気なさそうだし」
「俺は、迷惑かけるから……」
インベルが小さい声でそう言って俯く。こいつもやっと喋ったかと思ったら、酷く後ろ向きだな。
「じゃあバッカスとアニーと俺が行くってことでいいか?」
「ええ、お願いします。くれぐれも無理を為さらぬように」
ゴブリンからも了承を得た。最後に全員がリンを見る。一応、魔王様のお言葉をもらうのかと、俺もつられて視線を向ける。
リンはわざとらしく咳払いをして言った。
「三人とも怪我しないでね。帰ってきたらすぐ歓迎会だからね!」
この子はそればっかりだな。なんとなく毒気が抜けて笑えてきた。
「おう! 行ってくるぜ!」
バッカスも笑って答えて席を立つ。俺とアニーもその後をついていく。
こんなに早く、勇者をこの手で仕留める機会が訪れるとはな。
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