仕合

 外に出て少し歩くと、一キロ四方の広場に着いた。だが、その半分ほどが多種多様な魔物で埋め尽くされていた。

「なんだ、こいつら」

「ちっ。ゼクス!」

 バッカスがゼクスを睨む。このギャラリーもこいつの仕業か。

「ああ、さすがに多すぎるな」

 ゼクスが右手を出して、魔力の弾を創り出す。それは何度も大きさを変え、やがて掌と同じくらいになったところでゼクスが呟く。

「このくらいでいいか」

 そして、その弾を広場の中心へ打ち込んだ。

 ギャラリーは隅の方に固まっていたので誰も巻き込まれてはいないが、弾が地面に当たった時の衝撃で数体の魔物が吹き飛んでいった。

「最低限、今のを真っ向から受け止められる奴だけ残れ! それ以外は城の中に引っ込んでろ!」

 バッカスが叫ぶと、ほとんどの魔物は一目散に城へ駆け込んだ。残ったのは十分の一程度で、広場は戦える広さを取り戻した。

 その中心まで進み、俺とバッカスが向かい合う。

「あんたは武器とか使わないのか?」

 素手で突っ立っているバッカスが、俺の言葉に笑い出した。

「要らねえよ。お前は剣を使っていいぞ。たぶん俺の体の方が硬いだろうけどな」

「だろうな」

 人の姿をしているが、頭には角が有り、魔物なのだとはっきり分かる。本来の姿とは違うのだろう。魔物の中でも上位の存在は自分の姿を変えることが出来る。そういう奴とは以前にも戦ったことがある。

 問題は、その本当の姿がどういうタイプの魔物なのかだ。性格からして搦め手を使うようには見えないが、そんなことをしなくても強い種族だということでもある。


「さて、始めるか。先に一発入れていいぞ」

「太っ腹だな。じゃあそうさせてもらう」

 剣を抜いて集中する。相手はおそらく格上の存在。まずは戦い方と実力を見る。

「はあああ!」

 自分を鼓舞するように叫んで真っ直ぐバッカスに向けて走り出す。

 両手で握った剣を右から振り抜く。バッカスは構えたまま一歩も動かず、左手だけでそれを受けた。

「やっぱり硬え……」

 剣は片手で受け止められ、切り傷一つない。

「当たり前だろうが。魔力も込めずにただの剣で切れるか」

「加減してるのはお互い様だろ」

「はっ! 少しでも俺に傷をつけたら本気出してやるよ」

 言いながらバッカスが左手を振る。剣ごと弾き飛ばされて、一瞬足が地面から離れた。空中で体勢を立て直して着地する。その間に、バッカスが眼前に迫っていた。

「っ、くそ!」

 剣を前に構えてバッカスの拳を防ぐ。今度は魔力を込めて、全力で。

 なんとか弾き返したが、それだけで腕が痺れた。やはり身体能力は格が違う。策は弄さず、力でねじ伏せる。予想通りの分かりやすい戦い方だが、だからこそ崩しづらい。

「お、魔力込めればそれなりにやるじゃねえか」

 バッカスは弾かれた拳を擦って笑う。まだまだ余裕があるようだ。魔力は込めたが受け止めるだけではこちらが保たない。

 一度後ろに跳んで距離を取る。バッカスは追いかけてはこない。何か出来るならやってみろ、とでも言いたげにその場に留まっている。

 その隙に再び集中して魔力を込める。剣だけでは駄目だ。腕にも、足にも力を張り巡らせる。そう何度も打ち合ってはいられない。次の一撃で終わらせなければ、後は何も通用しないだろう。

「……行くぞ」

「おう」

 互いに短く言葉を交わす。

 それ以上は何も言わず、ありったけの力で剣を振り下ろした。

「そんな遠くから……、何っ!?」

 俺の剣を見てバッカスが驚愕する。距離を取ったまま振り下ろした剣は届くはずがなかった。

 魔力を込めていなければ、の話だが。

 剣は振り切る途中で急激に巨大化していた。単に強度を増すためではなく、大きさを変えるために魔力が必要だったのだ。

 俺に出来ることはこれで全部だ。剣術。魔力による身体能力向上と武器の強化。そして唯一使える魔法が物質の巨大化。勇者らしい戦いをするために身につけた、俺の全てをぶつける攻撃だ。

「はあああぁぁぁ!」

「ぐっ、おおお!」

 俺の剣をバッカスが両腕で受け止める。だが先程までの余裕はない。最初のように弾くことはできずになんとか耐えている状態だ。

 このまま圧し切れれば……。

 だが、次の瞬間にこの攻防が終わった。


「おい」

 先に言葉を発したのはバッカスだった。

「なんで止めた?」

「なんでって……」

 息を整えながら答えようとしてバッカスの方を見て、固まった。

 ついさっきまで見ていた姿ではなかったからだ。

 先程までの倍くらいに膨れ上がった体は赤黒く変色している。赤鬼。通りで力が強いはずだ。鬼は魔物の中でも単純な力では最強に名乗りを上げる種族だ。

「血」

「あ?」

「紫なんだな」

 バッカスの腕からは紫色の血が流れている。元々力試しのつもりだったのだから、これ以上やる必要もない。

 それに本来の姿を見せたのは、人型で出せる全力を超えたからだろう。そこまで本気にさせられたなら、とりあえずは認めてもらえるはずだ。というか、これ以上続けたら俺は一発で殺される。

「はぁ、まあいいか。十分楽しめたし、お前の強さもだいたい分かった。ゼクス!」

 バッカスはまた人型に戻って、離れて観戦していたゼクスを呼ぶ。

「なんだ?」

「俺はこいつの仲間入りを認める。お前もこれで満足か?」

「おいおい。元々俺が連れてきたのに、反対なわけないだろう」

 ゼクスの返答にバッカスが舌打ちする。

 ここまでゼクスの想定した流れ通りであることは、バッカスも気づいていたらしい。この男は、俺が思っているよりも思慮深いのかもしれない。

「そんなことより、戻らなくていいのか? 魔王様がせっかくケーキを作っていたのに」

「あ……」

「歓迎会でもしてくれるつもりだったろうになぁ。いきなり会議抜け出さなければなぁ」

「う……」

 ゼクスが嫌みっぽくバッカスを責める。

 そういえばリンが大きなケーキを持っていた。あれは俺を歓迎するために作ってくれたものだったのか。

 というか、最初からそう言ってくれればバッカスと戦う必要も無かったんじゃないのか。

「なあ、本当にリンが魔王なのか?」

 俺が聞くとゼクスとバッカスは当然のように答える。

「勿論だ。魔王様はあの子しかいない」

「小っちゃいからって馬鹿にすんなよ。手出したら俺ら全員相手にすることになるからな」

 いや、子どもだってことも当然気になっているが、それ以前の問題だろう。

「あの子、人間じゃねえか」

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