魔族会議
白いワンピースを着た、十才にも満たないような少女のリンがぺたぺたと歩く。一番手前に座っている俺の前にケーキを置いてにっこり笑い、また歩いていく。その間、魔物達は何も言わずに頭を下げている。
やがてリンが奥の玉座に座って、声を発した。
「それでは、魔族会議を始めます!」
なんだ、これは。ままごとか何かか。魔物の子はこうやって遊ぶのか。なんで周りの奴らも「ははーっ!」とか言ってんだ。俺もやらなきゃだめですか。
「じゃあゼクス、お願い」
「はい」
リンに指名されてゼクスが立ち上がる。本当にこのまま進めるのか……。
「昨夜、何人かにはお伝えしましたが、こちらの人間を我等の仲間に引き入れたい。ユーマ」
「あ、おう」
呼ばれて俺も立ち上がる。全員の視線が俺に集まった。
「えーっと、ユーマだ。よろしく」
何を言えばいいか分からず、とりあえず簡単に挨拶をした。
すると、リンが目を輝かせて喋り始めた。
「ユーマ。人間の世界ってどんな感じ? 何を食べてた? 楽しかった?」
「え、いや、あの」
なんでこの子、こんなに興味津々なの。
「魔王様」
奥に座っている女がリンに声をかけた。リンはハッとした顔で小さくなる。
「ごめんなさい。まずは自己紹介よね……。改めて、リンです。朝はばたばたしちゃってごめんね。とりあえず顔を見ておきたかったの」
リンの自己紹介を聞いて、俺はまだ固まっていた。一番肝心なところがまだ確認できていない。
ゆっくりとリンを指差して、かろうじて一言だけ発した。
「……魔王様?」
「そうです! 私が魔王です」
リンがはっきりとそう言って、最後に笑顔で一言付け加えた。
「よろしくね」
呆気に取られているうちに、会議は本筋に戻っていた。
「それで、ユーマを仲間にすることに反対の者はいますか?」
ゼクスが全員に聞くと、二人の手が上がった。人型の男と女の手だ。
「一人ずつ聞こうか。バッカス」
バッカスと呼ばれた男が立ち上がり、屈強な体に相応しい、太い声で話し出す。
「賛成とか反対とか以前によ。なんでいきなり人間をこの城に連れてきて、しかも会議にまで出してんだよ」
「彼は人間の中でも特別だからな。俺と共に直属部隊をやってもらおうと思ってる。それに人間側の事情に詳しいから会議に出てもらった方がいいだろう」
「だから、そりゃあこいつが仲間になる前提の話だろうが。そういうところが気に入らねえんだよ」
バッカスが苛々と腕を組んで指を叩く。熱くなってはいるが、バッカスの言っていることは間違っていない。
もし俺が今逃げ出せば、魔族の本拠地も魔王のことも全てが人間に伝わってしまう。そんなつもりはないが。
「なら、どうすれば納得してくれる?」
ゼクスがあの薄ら笑いを浮かべてバッカスに問う。
そこで俺はやっと気づいた。この流れはゼクスが立てた計画だ。
バッカスはそれを知ってか知らずか、流れに乗った。
「俺とこいつを戦わせろ。うちに入りてえって言うなら、そのくらいは覚悟してんだろうな?」
俺はバッカスではなくゼクスを睨む。くそ、笑ってやがる。やっぱりお前が望んだ展開か。
俺の実力を見るつもりなのだろう。昨夜、戦った上での判断なら一方的に殺されることはないだろうが、バッカス相手にどこまでやれるか見たいといったところか。
断れば俺が追い出される、いや、ここのことを知った以上生きては帰れない。それでもゼクスにはデメリットもない。
「分かった。どこでやる?」
「良い度胸だ。外に出ろ。訓練用の広場がある」
バッカスの後について、俺は会議室を出た。
「もう。これだから男の子は!」
バッカスとユーマの手合わせを見るためにほとんどの者が出ていった会議室で私は大きな声をあげた。
早く会議を終わらせて歓迎会にしようと思って、ケーキまで作ったのに。
唯一まだ席に残っていたラウラが私を宥める。私から見てすぐ手前に座っている、反対に手を挙げた女性だ。
「まあまあ。二人で食べちゃおうよ、リンちゃん」
「ここでは魔王様って呼んで!」
怒りながらフォークを持ってケーキを頬張る。うん、美味しく出来てる。皆にも食べて貰いたかったなぁ。
「ラウラは何で反対だったの?」
「私は正直どちらでもいいんだけどね。誰も何も言わなかったら一応注意しとこうと思ったけど、バッカスがだいたい全部言ってくれたし」
「ふーん……」
皆、いろいろ考えてるんだなぁ。
……今度は、もっと大きく作らないとなぁ。
二人だけで空にしてしまったお皿を見て、私はそんなことだけ考えていた。
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