魔王
陽の光を浴びて目を覚ました。
……ここはどこだ。宿屋は追い出されて、それから酒を飲んで。魔物と戦って……?
「おはよう。人間さん」
天井を見つめて昨日のことを思い出していると、突然小さな女の子の顔で視界が埋め尽くされた。
「おはよう……。どちら様?」
「貴方、ゼクスが連れてきたっていう人間でしょう。初めまして、リンです」
少女は至近距離で名乗って満足したのか、すぐに去っていった。
「何だったんだ。ていうか、結局ここどこだよ」
ぶつぶつ呟きながら起き上がる。
ベッドも部屋の造りも、宿屋なんかよりよっぽど上等だ。勇者候補だった頃の接待でもこんなに良いところに泊まったことはなかった。
洗面台で顔を洗い、持ち物を確認する。元々大した荷物はないが、僅かな貨幣と剣だけは大切だ。
剣はベッドの隣のサイドテーブルの上に立て掛けられており、貨幣はその上に置かれていた。
「これが今の俺の全部、か」
「だから決断したのだろう?」
独り言のつもりで吐いた言葉に返答があった。部屋の扉の前に、いつのまにかゼクスが立っている。
「ノックくらいしろよ。魔物はプライバシーとか無いのか」
「あると思うか」
無いだろうと思ったけども。ただ、自分が目覚めたこの立派な部屋を見ていて、もしかしたらと思っただけだ。
「それで、ここはどこなんだ」
「覚えてないのか。魔王城だよ。昨日、魔法で転移してきただろう」
「……あー、なんとなく思い出してきた」
昨夜、俺はゼクスとともにあの街を去った。行き先は任せると言ったら、ゼクスはすぐ魔王城まで転移した。そしてこの部屋を自由に使っていいと言われ、すぐにベッドに横になって眠りについた。
「やっぱり酒飲んで戦うもんじゃねえな……。まだ気持ち悪い……」
「そうは見えないがな。昨夜と変わらんぞ」
「そういう訓練もしたんだよ。勇者が二日酔いしてる姿なんて見せられねえだろ」
今となっては必要ない技能だが、当時は外面を良くすることが想像以上に重要だったのだ。様々な街や城に出向いて、偉い奴と会って協力の約束を取り付ける。勇者は皆様のご支援のおかげで魔物の討伐に専念できますありがとう。接待でいくら飲まされてもこれを愛想良く言うことが勇者の一番大事な仕事だ。
「まあそれならいいがな。これから他の奴らに会ってもらう。情けない姿を見せるなよ」
ゼクスは昨夜と同じ薄ら笑いを浮かべて部屋を出る。
他の奴ら、という言葉に不安を感じつつ、ゼクスの後を追いかけた。
廊下を歩いているうちに、いくつか分かったことがある。
まず、この魔王城がどこかの山脈地帯に建てられていること。
窓から見える景色は山と空ばかりだ。地図上のどこかまでは分からないが、それでも人間側にとっては喉から手が出るほど情報だろう。
次に分かったことは、魔物の中には知性を持った個体が想像以上に多いこと。
何匹かの魔物とすれ違ったが、突然襲いかかってくるような者はいなかった。スライム型の魔物でさえこちらを一瞥した後、ゼクスに一礼するように身を縮めて通っていった。
「俺が今まで戦った奴は、本能のままって感じだったけどなぁ」
「大半はそうだが、どの種族にも発達した奴はいる。この城に入る資格があるのは最低限、意志の疎通が出来る奴だけだ」
つまり、ここにいるのは各種族の中でもリーダー格の奴らということか。安易に人間の街を襲う魔物とは格が違うのはすれ違っただけでもなんとなく分かった。
「ユーマ、着いたぞ。心の準備は出来てるか?」
一際大きな扉の前でゼクスが立ち止まった。
思えば、この吸血鬼もかなり人間に近い。見た目だけでなく、こうして気遣いが出来るところも。
「出来るかよ。どこの誰がいるかも分からねえのに」
俺の返事にくつくつと笑って、ゼクスが扉を開けた。
そこは、並の人間が見たら卒倒しそうな光景だった。
入口から奥に伸びる二列の長いテーブル。その先に玉座のような大きな椅子。
玉座は空だが、左右のテーブルには五つずつ席があり、手前の一つずつが空いている。
そして、その他八つの席にはそれぞれ異なる種族の魔物が座っていた。
小鬼、スライム、骸骨。見て分かるのはそのくらいだ。他の五体は人に近い姿をして、服を着ている。三体は女、二体は男のようだ。だがゼクス同様、頭に角があったり、火を纏っていたり、目が三つあったり。どこかしら人間とは違っている。
八体の魔物は一様に俺を見ていた。ここでは、ただの人間の方が珍しいのだろう。
何か言うべきか、と迷っていると先にゼクスが口を開いた。
「色々聞きたいことはあるだろうが、諸君。話は魔王様が来てからにさせてくれ」
そう言って、ゼクスは俺に右側のテーブルの空いている席を指す。俺は指された席に座り、ゼクスが反対側の席に着いた。
「魔王様ならもうすぐ来るわ。その人間をもてなす物を持ってくるそうよ」
「さっきまでいたんですけどねぇ。落ち着きのない方で」
右側の奥にいる女と、その向かいの小鬼が話す。
なんだ、このまったりした雰囲気は。もっと殺伐とした感じだと思っていたのだが。
テーブルには何かよく分からない飲み物や食べ物と一緒に、人間のお菓子も置いてあるし。お前ら、人間の血や肉が好物じゃないのか。
それに各種族の仲も良好なようで、ずっと話し続けている。止まったのは俺達が入った時だけで、女と小鬼の言葉からわいわい盛り上がり始めた。
魔物って、こんな奴らだったのか……。
そんなことを考えていたら、扉が開いた。ついに魔王が現れたのか。
人間の中では、魔王についての情報はほとんど無かった。どんな種族や姿なのか、どれほど強いのか。
強い好奇心に駆られて、俺が入口の方を見ると。
「……え?」
そこにいたのは、両手で大きなケーキを持ったリンだった。
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