勇者の復讐
暗藤 来河
反転
世界は俺を裏切った。
こんなはずじゃなかったのに。こんなところにいるべきじゃないのに。
「こんなところとは失礼だな。毎日来ているくせに」
カウンターの向こうから、酒の入ったジョッキを持った店主に声をかけられる。無意識に声に出していたらしい。店に入って飲み始めてから結構時間が経っていたようで、他の客は皆帰った後だった。店主はジョッキを俺に渡して、さらに言葉を続ける。
「お兄さん、今日は閉店までに帰ってくれよ。毎度起こすのも大変なんだ」
「悪かったよ。反省してる。これ飲んだら帰るから」
連日飲み続けているのに、上客どころか厄介者扱いだ。つい一週間前まで、そんなことはなかった。
知名度は低いが、どこに行っても笑顔で歓迎してもらえていた。自分には崇高な使命があり、皆がそれを支えようとしてくれていた。
だがそれももう過去のことだ。人々が俺のことを忘れ、別の人間を担ぎ上げたのが一週間前のことだ。
俺は、世界を救う勇者になるはずだったのだ。
異世界から来たという、謎の青年が現れるまでは。
「はー、寒い……」
店を出て街を歩く。冬の冷たい風は俺の酔いを覚まして、意識をはっきりさせていく。頭が覚醒すると今度は外の寒さと背負った剣の重さに負けそうになる。一杯持ち帰りで貰っておけばよかった。
「あ、そもそも帰る場所無えな……」
泊まっていた宿屋は今朝追い出されたのだった。少し前まではほとんどの部屋が空いていたのに、例の勇者とこの街の接待役が全ての部屋を占領することになり、元々泊まっていた者は俺も含めて全員退去させられた。
「居場所がないなら、うちに来ないか?」
不意に誰かの声が聞こえた。こんな夜中に出歩くような奴がいるとは思わなかった。
反射的に背中の剣を握り、いつでも抜けるように構える。
「おお、怖い怖い。一般人に武器を向けるなよ」
「なにが一般人だ」
この街はお世辞にも安全とは言い難い。魔物が活発化する夜には時折街の中まで入ってくることがある。それは街の住民も分かっていることで、今までは勇者候補である俺が退治してきた。
だからこの時間に出歩いているのは、魔物と戦おうという命知らずか。もしくは--。
「魔物だろ」
剣を抜いて後ろを振り返る。
そこにいたのは、黒いスーツを着た男の魔物だった。
見た目はほとんど人間と変わらない。細身で人を馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべている。だが、頭に生えた角が人間ではないことを示していた。
「落ち着いているな。さすが勇者、というべきか」
魔物の言葉を、あえて否定はしなかった。
勇者ではなくなった、とわざわざ教えてやる必要もない。人間じゃなくなった訳ではないのだから、魔物が敵であることに変わらないのだ。
「それでは、力試しといこうか」
魔物は勘違いしたまま俺に向かって右手を向ける。
掌から黒い魔力が発生し、球体となって俺に向けて飛んでくる。
俺は剣に魔力を込めて飛んできた魔法の弾を弾く。
魔物は続けていくつも弾を撃ち出す。一発目と同様にそれらを弾きながら魔物へ向かって駆け出した。
あと三歩のところまで迫ると、魔物は弾を撃つのをやめた。掌の魔力はそのままに右手を引く。
俺が剣を振ると、魔物も右手を前へ突き出す。
「くっ……」
「ほう……」
俺の剣と魔物の右手がぶつかり、鍔迫り合いのように膠着状態になる。
直接力をぶつけ合って、向こうの方が余裕があることに気づく。俺は八割ほどの力を込めているが、相手はまだ五割程度だろう。魔力を込めた力勝負では分が悪い。
「なかなかやるな。勇者になったばかりと聞いて侮っていた」
「そりゃあ俺じゃねえよ。これでも俺は今まで何匹も魔物仕留めてんだ」
「……なに?」
やはり勘違いしていたらしい。よりによって、俺の居場所を奪った野郎と間違えるなよ。
俺は怒りで剣に込める力を加える。だが魔物の方は逆に力を緩めた。
「勇者でないなら、お前は誰だ? その力は……」
「うるせえ。それ以上喋るな」
人間に見捨てられて、魔物にまで侮辱されて。
俺は勇者になるべく生きてきたのに、どうしてこうなったんだ。俺が誰かなんて、もう俺自身分からない。
そう考えたら、急にどうでもよくなって剣を下ろした。
俺が今ここで魔物を倒したからどうなる。別に何も変わらないだろう。魔物を倒せる実力があることは今まで散々見せてきた。その上で、人々は俺ではなく奴を選んだのだ。
「お前は……」
魔物が静かに呟く。気づけば薄ら笑いは消えて、真面目な顔でこちらを見ていた。
「なんだよ」
「……お前、こちらに着く気は無いか?」
「は?」
こいつは何を言っているんだ。こちらって、魔物の味方になれってことか。
「ふざけるな」
「どうせ人間側に居場所が無いのだろう? お前はそれでいいのか。人の為に生きようとした結果がこれだろう」
そうだ。世の為、人の為。そう思って体を鍛えて、剣術を磨き、魔法を覚え、魔物を退治して。
そして全てを失った。
「本当にこれで満足か。ただの用心棒程度に使われて、代わりが来たから捨てられて」
満足なわけがない。こんな中途半端に終わるために今まで鍛えてきたんじゃない。
「怒りはないのか。居場所を奪った勇者に。その勇者に尽くす奴等に。復讐したくはないのか」
復讐。そうか。俺は裏切られたんだ。だったら復讐するのは正当な権利じゃないか。
「……やってやる」
剣を背負った鞘に仕舞って、俺は魔物を真っ直ぐ見つめる。
「お前の口車に乗せられてやるよ」
「ほう?」
「俺はユーマ。勇者でも何でも無い、ただのユーマだ」
名乗って右手を出す。魔物に握手の文化があるのかは知らないが、そいつは一応理解していたらしい。
「魔王直属。
ゼクスが右手を出して俺の手を握る。
これが、俺が人間への復讐を決めた日のことだ。
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